はじめに
今回は、筋トレの基本中の基本である超回復理論です。
私も初心者の頃この話を聞いてなるほどなと思った記憶があり、今でも筋トレの基本だと思っています。
しかし、ネットでは“超回復理論は嘘”という意見を時々目にします。
“超回復理論は嘘”という意見を見た時、私が最初に思ったことは“嘘のはずがない”というものです。また、そもそも“超回復理論は嘘”という見解の意味が良く分からないというのが率直な感想でした。筋トレ経験者のほとんどが同じ思いだと思います。
しかし、そういった主張をよく見てみると、根底に興味深い勘違いがあることが分かります。
そういった勘違いは、初心者が筋トレの基礎を正しく理解する上でよい反面教師になりますから、そういった勘違いも含めて、初心者向けに超回復理論を解説してみたいと思います。
なお、初心者向けの説明に徹していますから、筋力等の細かい言葉遣いに特に気を配っていません。
(11月21日追記)
時々、超回復を厳密に考えてみたいという人もいますが、あくまで初心者用のパッケージソリューションみたいなものですから、超回復を厳密に考えるということ自体に無理があります。
厳密に考えるならば、トレーニングというインプットに対して、エネルギー系の適応、神経系の適応、筋細胞系の適応、ホルモン分泌への影響という生理学上のアウトプットがある意味独立に生じ、それらのオールミックスとして我々に観察可能なパフォーマンスレベルのアウトプットが生じています。各適応は、いずれもその時点での体の栄養状況、疲労状況、ストレス状況等に影響されるとともに相互に影響しあいますから、最終アウトプットは毎回違いますし、何が起きるかはやってみなければわかりません。なぜか前回よりウェイトが上がらない日もあるでしょう。
超回復とは、そういった厳密な理屈を飛ばして、筋トレの一般論・原則論として、前回よりも多い回数ウェイトが上がるとか、重いウェイトが前回と同じ回数上がるとか、そういう観察可能レベルの話ですから、そこを理論的に解析しようとするのは無理があります。
少しづつ体が大きくなったり、挙上重量が上がったりすることをもって超回復は実証されているものであって、顕微鏡でのぞいて観察されるものではありません。
超回復理論の説明
超回復とは何か
超回復理論というのが何かについては、下記の絵を見た方が早いと思います。
超回復とは、筋トレ後に48時間から72時間の回復期間を経ると、筋力が以前よりも強くなるというものです。
筋トレで、もうできないというところまでウェイトを持ち上げることは、科学的には筋肉を傷つけていることと同じです。体はその筋肉損傷という刺激を受けて、次に同じ刺激が来た時には乗り越えられる体になろうとする結果(適応行動)、筋肉は回復するだけでなく成長もして、従来よりも筋力が強くなります。
これが超回復であり、生理学的な事実です。
回復の重要性
この事実からわかることの一つに、筋肉は筋トレ後の48時間から72時間の間に成長するということがあります。
つまり、筋肉を成長させるためには筋トレ後にしっかり休んで栄養補給するのが大事なのであって、筋肉成長におけるトレーニングの重要性は2割くらいで、食事と休養が8割を決めるといった意見が登場することになります。
何が一番重要とか、重要性の何割といった議論は、ナンセンス極まりないのですが、体作りを目指しながらトレーニングに手を抜く人がいない反面、食事と休養の重要性を見落としている初心者は多いですから、実際には非常に有効なアドバイスです。
筋トレをして筋肉に傷をつけて、その刺激が神経を通じて脳に伝わり、脳が今のままの体ではいけないと考え成長ホルモンを分泌し、その成長ホルモンが傷ついた筋肉に届き、筋肉の修復プロセスが始まった。しかし、筋肉の材料となるたんぱく質が無いなんて状況であれば、結局何も起きません。時々、プロテインは筋トレしない日も飲んでよいのかという質問を見たりしますが、筋トレしないで休んでいる日こそたんぱく質の十分な補給を心がけるべきともいえます(もちろん回復は筋トレ直後から始まります)。
筋トレに詳しくない人は、ボディビルダーのような人はたくさんトレーニングしているように誤解していますが、ボディビルの世界大会を6連覇したドリアン・イエーツは1週間に合計で4時間くらいしかトレーニングしないことで有名でした。それくらい休養が大事ということです。
また、筋トレを毎日やってはいけないというのはこの事実があるからです。回復期間中にさらに筋肉を傷めつけると、下記のようにどんどん筋力は落ちていきます。
体は刺激を乗り越えようと全力で回復成長しようとするのに、それを踏みつぶすかのような刺激を体に与え続けることになって、最終的には自律神経系が疲弊して、体は回復しようとすらしなくなるというオーバートレーニング状態になります。
トレーニング強度の重要性
また、筋トレの強度が弱いと、体は特に何の反応もしません。
単に筋肉を使ってエネルギーを消費しただけで、筋肉を損傷させたわけではありませんから、刺激への適応スイッチがオンにならず、一晩寝て休むとエネルギーが補充されて元に戻るだけであり、筋肉の成長プロセスは始まりません。
つまり、筋トレをしても疲れただけで特に効果はないということになります。
これが、弱い強度のダンベル体操や自宅でのスクワットは“筋トレ”ではないと言われる理由です。高齢者やそれに匹敵するほどの筋力不足でない限り、負荷が軽すぎて筋肉を成長させる効果は一切ないからです。もちろん代謝の活性化もなく、脂肪燃焼効果もありません。
もっと正確にいうと、筋肉を動かすエネルギーを使っただけで、そもそも筋力自体低下していませんから、有酸素運動と何も変わりません。
これが、筋トレをするなら一般論として10回持ち上がるかどうか位の重い重量を使うのが良くて、軽いウェイトを持っても意味がないと言われる理由です。
当然種目ごとに適正重量は変わるのですが、いずれも10回できるかどうか位の重量に設定して、超回復するだけの負荷でトレーニングすることが重要です。
小まとめ
以上のように、超回復理論の絵を使うと初心者が知るべき基本的な知識をわかりやすく説明できるという便利な絵です。
トレーニング頻度の話
そして、一番ややこしい説明に話を移します。それは下記の絵です。時間の縮尺を説明の便宜上変えています。
この説明は何かというと、超回復してもそのまま放っておくと筋力は元に戻ってしまうということを説明しようとしています。
つまり、超回復したらそこから再度筋トレしてもう一度超回復する、というサイクルを繰り返すのが良いということです。
ここから、筋トレを毎日してはいけないだけでなく、1日おきや2日おきに継続していくのが良くて、筋トレは週1回するよりも、2回、できれば3回したほうが良いという結論になります。
この説明自体はその通りであり、全く問題ありません。(若い)初心者はこの通りに、1日おきに週3全身トレをすべきです。もちろん、1日休んで疲れが取れていないと思えばとれるまで休みましょう。
なお、30代以上でフルタイムで忙しく働いている人は週2回でも十分です。たぶん週3は相当きついと思います。
One size fits all
上記の超回復理論の説明は、初心者向けに筋トレの基礎を説明する方法としては、非常にわかりやすくて有用です。
もっとも、初心者用の説明というのはわかりやすくしている反面単純化しているので、厳密性を欠くところがあります。
そして、その点に過剰に反応して“超回復理論は嘘だった”という人たちが出てくるのです。
まず、筋トレ後の回復期間の48時間から72時間という数字です。
強度が低い場合には48時間も不要ですし、どんなトレーニングでも72時間経過すれば完全に回復するのかというとそうではありません。これらの数字は、一般論でしかなく、体調、トレーニングの強度、筋肉量、回復期間の状況(働いているのか本当に休日か等)に大きく依存します。そこは、自分で体調を見ながら判断するしかありません。
“1度に吸収できるたんぱく質量は30gまで”という見解にも言えますが、こういった全員に一つの数字が当てはまるかのようなOne-size-fits-allの議論というのは科学的にはナンセンスです。
もっとも、筋トレ後の回復期間として、48時間から72時間というのは初心者にとっては概ね当てはまる数字であり、また、たんぱく質をこまめに取ることを心がけた場合には、1回のMAX30gというのも初心者にとってはいい線行っている数字でもあります。
つまり、そもそも初心者用のアドバイスなのですから、厳密性を持ち出して“嘘だった”と主張するのが筋違いなのです。
“筋肉の回復には48時間から72時間かかる”という事実を知った後に、“筋肉の回復にかかる時間はトレーニング強度等の様々な条件次第”という事実を聞いた場合に、「そりゃそうだ」と思うのが自然な反応です。ここで、「そうだったのか、48時間から72時間というのは嘘だったのか」と思うほうがおかしいです。
Catch the Wave
筋トレ後の回復期間を経て筋肉はトレーニング前よりも強くなるというのはその通りなので、超回復の説明について、48時間から72時間という数字を硬直的にとらえない限り“超回復理論は嘘だった”という結論にはなりそうもありません。
しかし、ネットで“超回復理論は嘘だった”と主張している人達の意見を見てみると、非常に興味深い勘違いをしていることが分かります。
もう一度下記の絵を見てください。
超回復嘘派の人たちは、この絵について無意識のうちに非常に面白い解釈をしています。それは、超回復をスパーマリオのスターのようなものだと思ってしまうみたいです。
つまり、筋トレ後の48時間から72時間後に一時的に筋力がパワーアップするから、そこで続けて筋トレを行わないと意味ないと考えてしまうわけです。
もう一度下記の絵を再掲します。
つまり、Catch the waveの考えで、とにかくボーナスタイムの間に筋トレをしないと、元の筋力に戻ってしまうと考えます。
筋トレ後48時間から72時間後に来る”波”を逃すとまたゼロからのスタートになってしまうと思い込んでいます。
そして、多くの人が分割法で1部位につき週1から週1.5回くらいの頻度でトレーニングして、問題ないどころかむしろ効率的に成長している事実を知って、“超回復は嘘だった”となるわけです。
面白い勘違いと笑っては失礼かもしれませんが、この考え方は超回復の捉え方が間違っています。正確な絵は下記のようになります。
超回復というのは、あくまで筋トレ後に体が刺激に適応して、回復期間後に従来よりも強い筋力になるという話です。
その後に、なるべく間隔を開けずにトレーニングした方が良いというのはその通りなのですが、超回復後24時間したら魔法が切れて元に戻ってしまうという話ではなく、その後の筋力低下は、筋肉は使わないでいると徐々に落ちていくという一般論の話です。
初心者の場合には、週1回よりも週2回トレーニングした方が良いのは間違いありませんが、週1回だと翌週にトレーニングする場合にゼロスタートに戻っているわけではありません。
終わりに
筋トレの基本中の基本である超回復理論について、それが嘘だったという議論があることも踏まえて解説してみました。
何事も初心者向けの説明というのは簡略化されていますから、絶対的な真実であるかのように受け止めるとおかしくなります。もっとも、算数の先に数学があるように、トレーニング科学の世界にも入門用知識の先に難解ながらも真実の世界があるのかというと、私たちの体の仕組みは全然わかっていないというのが現状ですから、相互に矛盾する”最先端の議論”がたくさんあるだけです。自分であれこれ試して自分なりの最適な方法を見つけていくしかないという結論が待っています。
超回復が生理学的な事実だとしても、筋トレをしていると毎回重量が上がっていくほど単純なものではありません。ゆっくり休んだつもりでも前回よりパフォーマンスが落ちたり、寝不足だと思ったら重量が上がったり、いくら頑張っても何の変化もない状態がしばらく継続したりという事態は普通に起きます。そして、その理由なんて何もわかりません。
それだけ人間の体の仕組みが複雑だということであり、現代科学なんてほとんど何もわかっていないに等しいわけです。人間というのは、生理学的・解剖学的には同じはずですし、体の中で起きていることは全て化学反応ですから、理屈上最適な筋トレ理論というのはあるはずであり、神様は知っているはずですが、我々人間のトレーニング科学というのは、個人差を踏まえた一般モデルを構築するようなレベルのはるか手前にいます。
最初は、週3全身トレで上記の超回復理論の絵の通り、各部位を48時間から72時間の回復期間を目安として鍛えていくのが良いと思います。
しかし、ある程度(2か月くらい?)して、うまくいかなる時が来るかも知れません。そこで何が最適なのかは自分で見つけるしかないというのが現実です。