ダイエット・栄養学の基礎:そもそもカロリーとは何か


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はじめに

今回は、ダイエットというか、栄養学の基礎中の基礎である、カロリーについて解説します。

1カロリーは4.1868ジュールですといった、エネルギーの単位としてのカロリーではなく、ラーメン一杯当たり何キロカロリーですと言った場合のカロリーのことです(もうここら辺から混乱しそうですが後述します)。

ある食べ物が何キロカロリーですと言った場合、カロリーとは熱量であるというのはどこかで聞いたことがあるかもしれません。しかし、「カロリーとは熱量である」という文章の意味は今一つわかりません。熱いラーメンと冷めたラーメンでカロリーは変わりません。

また、食品のカロリーを計るときは、食べ物を容器の中で燃やして、その時に発生する熱を測ります。だからこそ、カロリーは熱量であるということになるのですが、食べ物を燃やして計測した数字が、ダイエットに何の意味があるのか直感的には理解しがたいものがあります。

そこで、カロリーとは一体何なのかをじっくり考えてみたいと思います。

なお、このブログ全般に言えますが、私が枝葉と考える点に関しては厳密性にはこだわらず、分かりやすさ優先でざっくり説明します。

しかも、しっかり理解することを目指し、くどい表現を避けない反面、絵ではなく字で押します。

そこら辺はご了承ください。

まず歴史から

これから、カロリーとは一体何なのかを説明していきます。

しかし、定義を説明して、その意味するところを補足したところで、そこがよく分からないからこそ、こんな記事を書いているわけです。

したがって、焦らずに、栄養学やその関連分野の歴史をたどりつつ、カロリーとは何ぞやという点をじっくり見ていきたいと思います。

栄養学なんてものがない時代までさかのぼれば、出発点は簡単です。

それは、我々が生きるとはどういうことかという探求に始まります。

そして、出発点は、以下の2つです。

1.我々は呼吸しないと死ぬ
2.我々は食事しないと死ぬ

いずれも、人類誕生以来、生きている人はみんな知っていたのですが、この二つが具体的に何なのかを知ることになるには18世紀まで時間がかかりました。

まず、呼吸を見てみます。

呼吸と燃焼

ここで登場するのは、18世紀フランスを代表する大天才ラボアジエです。

Antoine_lavoisier
Wikipediaから転載

当時、物が燃えるという現象を説明するものとして、フロギストン説という学説が主流でした。

フロギストンなんてけったいな名前ですが、中身は大したことありません。

物を燃やすと灰になってしまいます。この現象を、昔の人は非常に直感的にとらえていて、物を燃やすとフロギストンという物質が物から出ていって、灰が残ると考えました。

つまり、燃焼とは、物からフロギストンが出ていくプロセスで、フロギストンの出ていき易さによって、燃えやすいものと燃えにくい(燃えない)ものがあると考えられていました。

しかし、燃え盛る炎の中に、鉄の塊を入れたりすると、元のきれいな鉄から黒い物質になって出てきて、しかも重さをはかると重くなっているなんてことは知られていました。

そして、フロギストンが出ていくのになぜ重くなるのかという矛盾が当時の化学者たちの課題でした。

ここでラボアジエが登場します。

まず、ラボアジエは、ガラス容器の中に金属を入れ、外側から虫眼鏡で太陽光を集めて、その金属を燃やすという面白い実験をします。この容器に工夫がしてあって、空気量の変動が分かるようになっています。

そして、燃えた後の金属の重量が増えていることを確認します。しかし、空気が5分の1くらい減ったところで、もう燃えなくってしまうことに気付きます。

そこから、ラボアジエは、燃えるというのは、空気の5分の1を占める物質と結びつくことではないかという結論に達します。

そして、その物質に酸素という名前を付けます。

さらに、木炭を燃やすと、木炭が酸素と結びついて二酸化炭素となって飛んで行ってしまうことも発見します。

しかし、ここで終わらないのがラボアジエで、ただの天才ではなく、大天才と言われるゆえんです。

次の実験には、共同実験者としてとんでもない大物が登場します。全国の自称数学得意だった系のにわか理系人を例外なく黙らせる、天才数学者ラプラスです。

Pierre-Simon_Laplace
Wikipediaから転載

ラボアジエとラプラスは、物が燃えるということが酸素と結びつくことで、木炭が燃えると二酸化炭素が出るということを踏まえて、動物実験を始めます。

ハムスターを容器に閉じ込め、その容器を氷水の入った容器で囲みます。そして、その中でハムスターは動き回るのですが、ハムスターの入った容器への空気の出入りを調べるとともに、氷の解け具合を調べます。

そして、ハムスターが動き回ると、酸素が減って二酸化炭素が発生し、しかも氷が解けることを発見します。

そして、ハムスターの代わりに木炭をいれて燃やしても、酸素が減って二酸化炭素がが発生し、氷が溶ける、というハムスターの場合と全く同じことが起こることを確認します。

つまり、動物は酸素を吸って二酸化炭素を吐き、さらに熱を発生させる、これって、木炭が燃えるプロセスと全く同じなんじゃないのという結論に達します。

ここで初めて、どうやら人間の体の中では、何かが燃えているらしいということが分かってきます。

つまり、呼吸とは、体内で何かを燃焼させるために酸素を吸い、燃焼した結果出てくる二酸化炭素を吐き出す行為であるという、呼吸の本質に一気にたどり着きます。

次の問題は、じゃあ、体内でいったい何が燃えているの?という疑問で、それこそ、我々が食べているものです。

糖質の代謝

ラボアジエの実験を踏まえると、じゃあ、体内で燃えているのは一体何なのかということになります。

もちろん、それは我々が食べたものです。

私たちが食べた様々な食材が体内でいったいどうなるかという点に関しても、当然すさまじい歴史があるのですが、さすがにここの歴史は省略します。

化学や物理の基礎理論に加え、物質を分析するための実験装置がろくに発展していない状況で、肉とか魚とか米とかパンとかが、炭水化物、たんぱく質、脂肪の3種類の物質に分けられること、それらがどのように消化器官で分解されて吸収されるのか、そして吸収された物質がどういう経過をたどるのか、といった点を発見していく過程は、紆余曲折があって非常に面白いのですが(私も読み物レベルでしか知りませんが)、さすがに説明しきれないので、参考文献を読んでいただくとして省略します。

なお、ここの歴史は本当に面白く、まさに科学の黎明期です。

皆が皆、手探り状態過ぎて、天才がたくさん出てくるのですが、結果的には、偉大な発見をした天才たちの多くが、別の点ではトンでもない間違った主張をしていたりして、学会全体は常に大混乱、栄養学は遅々として一向に進みません。

しかし、それでも少しずつ進んでいく中で、最後に、ベルナールというこれまたとんでもない天才が出てきて、最終的に燃えているのはどうやらブドウ糖だというところまで到達します。

Claude_Bernard_2
Wikipediaから転載

結論としては、我々が食べた炭水化物が消化・分解されてできた(もしくは体内で代謝されてできた)ブドウ糖を燃やして、つまり、ブドウ糖が酸素を結びついて、(水と)二酸化炭素ができることが分かります。

小まとめ1

今までの歴史を簡単にまとめます。

ラボアジエやベルナールのおかげで呼吸や食事の科学的な意味が分かってきました。

我々は、口に入れたものを消化吸収した結果として体内に存在するブドウ糖を、呼吸で肺から取り入れた酸素と結びつけて、つまり、ブドウ糖を燃やして生きている、と。

これは、科学的事実としては、非常に簡単です。以下のようになります。

ブドウ糖+酸素→水+二酸化炭素+熱

しかし、食事から体内に吸収したブドウ糖を、呼吸で得た酸素と結びつけて、(水と)二酸化炭素が出来ていることが分かったというのは、上記の式のようにブドウ糖+酸素→水+二酸化炭素+熱という反応が体内で起こっていることが分かったというだけです。

問題は、この式が体内で起こると、体に何が起こるのかという点です。

つまり、呼吸や食事の意味がやっと分かったのですが、車はガソリンを燃やして走ることが分かりました、というのと同じで、肝心なところがまだブラックボックスです。

次に知りたいのは、体の中での具体的なプロセス、この式が体の中で起こる具体的な仕組みです。

しかしこの式、非常に簡単なようで、一番右端に厄介なものがいます。熱です。やっと熱が出てきました。

この熱というものを理解しないと、この先は勧めません。

したがって、以下では、ブドウ糖+酸素→水+二酸化炭素+熱という式を完全に理解するために、熱というものが何なのかを見ていきます。

熱とは何か

ブドウ糖+酸素=水+二酸化炭素+熱

この式を理解するためには、右端の熱を理解する必要があります。

そして、そこで登場するのが、熱力学という物理と化学の中間みたいな分野で、まさに、熱とは何かという疑問から始まり、とんでもない知の地平線を切り開いた学問です。

熱力学で真っ先に登場するのが、ワットの蒸気機関です。

やかんに水をいれ、ガスコンロで熱します。普通、注ぎ口は空いていますが、注ぎ口を溶接して閉じてしまうと何が起きるかというと、水が沸騰してしばらくすると、ふたが天井まで吹っ飛びます。

これが、蒸気機関です。ガスを燃やして発生した熱が、フタを吹っ飛ばす運動エネルギーになりました。

蒸気機関が登場するまでの、動力機関というのは、風車とか水車でした。風や川の流れという物理力を、滑車とかゼンマイとかで変換して、大きなハンマーみたいなものを動かし、脱穀したり布を織ったりするのは、分かりやすいです。

最初から形は違えど有形力があります。

しかし、蒸気機関の場合、最初は熱です。

やかんを熱しているだけで、何も力は加えていないのですが、最後はふたが動きます。

蒸気機関が登場する前から熱とは何ぞやという研究はありました。しかし、蒸気機関登場後は、状況が変わります。

蒸気機関は産業革命を起こしますから、そこに莫大なお金が絡んで、蒸気機関の改良競争がものすごい勢いで始まります。

しかし、理屈が分からないと改良のしようもないということで、当時の天才たちがこぞって、蒸気機関とはなんぞや、熱がなぜ最終的に物を動かすことになるのかという点を研究し始めます。

マイヤー、トムソン、カルノー、クラウジウスといった、大学入学直後の理系の学生を苦しめるあまたの天才たちが登場しますが、最終的にボルツマンという超天才がまとめ上げます。

Boltzmann2
Wikipediaから転載

結論としては、熱というのは分子の運動の激しさだということがわかります。

絶対零度でない限り、物の中で分子は動いています。もちろん、これは見えませんが、コップの中の水分子も動き回っていますし、我々が気づかないだけで、我々の周りにある空気中の酸素分子やら窒素分子やらは、常に我々に体当たりし続けています。

そして、その動きが激しくなると物が熱くなる、というのが結論です。

つまり、やかんに水を入れてガスコンロで熱すると、まず、火に当たったやかんの鉄原子かアルミニウム原子かは知りませんが、それが、やかんが溶けない程度に激しく振動します。つまり、やかんが熱くなります。

ここで、金属というのは、原子同士の結びつきが強いので、各原子が激しく動くのですが、何万の人(正確には0が23個とかですが)が手をつなぎながら動き回ろうとするのに近いので、熱くはなりますが、形は崩れません。

そして、やかんのカタチが変わらない程度に鉄原子が暴れ出し、それがやかんの中の水にぶつかり、今度は水分子が激しく振動し始めます。つまり、水が熱くなります。

そして、水分子の場合、金属と違い、水分子同士のつながりはそれほど強くありませんから、勢い余った水分子はどんどん水面から飛び出し始めます。そして、それが最初はやかんのふたに内側から当たっても跳ね返されたりするのですが、時間がたつにつれ、やかんのふたに体当たりする水分子が増え、最終的にやかんのふたが天井めがけて吹っ飛ぶことになります。

ここまでの説明はよいとおもいますが、最初の部分を、火にあたったやかんが・・・と実はぼかしました。

ことの発端のガスコンロでは何が起きているかというと、プロパンガスが燃えています。

つまり、プロパンガスが酸素と結びついて、水と二酸化炭素が発生するとともに熱が発生しています。

プロパンガス+酸素→水+二酸化炭素+熱

ここで、上の式をよく見てください。ブドウ糖の燃焼と同じです。

そして、水と二酸化炭素と熱が発生するとはどういうことでしょうか

熱とは分子の運動だったはずです。熱という物質があるわけではありません。

つまり、プロパンガス+酸素→水+二酸化炭素+熱という式の意味は、プロパンガスを燃やすと、激しく振動する水分子&二酸化炭素分子が発生するということです。

水と二酸化炭素とは別に熱という何かが発生しているわけではありません。

別の言い方をすれば、発熱反応というのは、出来上がる生成物が激しく運動しているということです。もちろん、その激しく運動する生成物は周りの空気中の酸素分子や窒素分子に当たり、それらも激しく動くことで、いわゆる近辺の温度が上昇します。

したがって、ガスコンロの例に戻ると、プロパンガスを燃やした結果、激しく暴れまわる水と二酸化炭素が発生し、それがやかんにぶつかって、その結果、やかんの鉄原子が激しく運動し始め、それが水にぶつかって、水分子が激しく運動し始め、その一部が水蒸気となって飛び出し、やかんのふたに突進して、やかんのふたが吹っ飛ぶというという流れです。

もちろん、プロパンガスを燃やした結果できる水と二酸化炭素は、ガスコンロ周囲の空気中の分子にも衝突しますから、周囲の空気も少し温まります。しかし、やかんの中の水と違って、元気になったガスコンロの周りの空気中の分子は、それぞれが勝手にどっかに飛んで行ってしまいますから、ガスコンロ周囲数センチ以外は大して熱くなりません。

こうして、熱も結局のところ、分子の運動という物理的な力なわけですから、風車も水車も蒸気機関も結局は同じものということになり、これを解明したのが熱力学です。

これで、熱はわかったのですが、実はその奥にもう一つ、その熱という、分子を激しく運動させるエネルギーは一体どこから出てくるのかという疑問があります。

これが少し厄介です。

化学エネルギー

化学エネルギー、正確には化学結合エネルギーですが、この話も避けて通れません。

もう一度、ブドウ糖の燃焼式に戻ります。

ブドウ糖+酸素→水+二酸化炭素+熱

ここで、よくよく考えてみると、ブドウ糖を燃やすと、何故、熱が出るのか、つまり、出来上がった水と二酸化炭素はなぜ激しく運動しているのかという根本的な疑問があります。

しかし、これはそういうものだという説明しかできません。

全ての物質は、もともとエネルギーをため込んでいます。そして、どれくらいため込んでいるかは物質によって異なります。

エネルギーをため込んでいる物質の例が石油です。

石油を構成する物質にはたくさんのエネルギーがため込まれていますから、これを燃やすと大量の熱が出て、これで水を沸騰させて、タービンを回して、発電するのが火力発電所です。

石油はエネルギーをため込んでいると言いましたが、実はため込んでいるエネルギー量の大小はあれど、全ての物質はエネルギーをため込んでおり、水や二酸化炭素だってエネルギーを持っています。

しかし、水(H2O)や二酸化炭素(CO2)は既に酸素と結びついていますから、酸素と結びつけることでそのエネルギーを取り出すことはできません。

もちろん、原子自体が、よく見ると、もっと小さな素粒子がいくつか結びついたものですから、その素粒子がバラバラにならずくっ付いているというとこは、それだけのエネルギーがあるということになります(この説明は自信ないですが)。

しかし、原子爆弾や原子力発電所のように、それらを結び付けているエネルギーを取り出すことは理論上できるとしても、原子力発電所を体内に持つ生物は地球上にいません。

我々生き物が物質に閉じ込められているエネルギーを取り出す方法は基本的に酸素を結びつかせる、つまり、燃やす以外にはありません。

つまり、水や二酸化炭素がエネルギーを持っているとしても、少なくとも生物はそのエネルギーを利用することはできません。

こんなことを何で説明するかというと、これがカロリーを分かりにくくしている原因の一つだからです。

カロリーが、その食材が持っているエネルギー量であれば本当は苦労しません。

どんな物質もエネルギーを持っているという事実を前提にすれば、炭水化物の保管しているエネルギーが何kcalですという表現は、誰でも理解できます。

そして、カロリーとは何ですか?と聞かれても、その物質(食材)が持っているエネルギー量ですと答えれば済む話です。

しかし、仮にそれをカロリーとしたところで、我々はそれを全部使うことはできませんから、その数値には何の意味もないことになります。

我々は、その食材を消化吸収して、最終的にそれを水と二酸化炭素にすることによって生じるエネルギー、つまり、「食材+酸素」と「水+二酸化炭素」のエネルギーの差額しか利用できませんから、その差額しか、栄養学的には意味のない数字になります。

その結果、カロリーとは、その食材の持つエネルギーのうち我々が利用できる分、つまり、水と二酸化炭素になるまで燃やしたときに発生する熱量(エネルギー量)と定義するのです。

炭水化物のエネルギーは何kcalかという問題に対して、中性子線を当てて核爆発を起こさせ、素粒子レベルまで分解することで取り出せるエネルギーまで含めたところで、何の役にも立ちません。

我々の体が利用できるのは酸素と結びつけて水と二酸化炭素にすることで発生するエネルギーですから、その数字で食材を評価することになります。

以上ややこしくなりましたが、食材のカロリーとは、その食材も持つエネルギー総量のうち、水と二酸化炭素に変換することで利用できるエネルギー量のことであり、その結果、カロリーを調べると、生体熱量だとかなんだとか、ストレートには理解しづらい定義が出てきます。

なお、ブドウ糖+酸素→水+二酸化炭素+熱という式をもう一度見てみます。

上述したように、ブドウ糖も酸素も水も二酸化炭素も、我々が取り出せるかどうかは別として、エネルギーをため込んでいます。

そして、式の最後の熱とは、ブドウ糖と酸素の持つエネルギーと、水と二酸化炭素の持つエネルギーの差額です。

ブドウ糖と酸素がどれだけエネルギーを持っていようと、水と二酸化炭素にため込まれることになるエネルギーは外に出ませんし、また、それ以外のエネルギーは必ず熱として外に出ます。

つまり、どんな経過を取ろうが、ブドウ糖を燃やして水と二酸化炭素にした結果発生するエネルギーは同じです。

食物のカロリーを計るときに、専用容器の中でその食物を燃やすのですが、これを見て、我々の体では、そんな高温で炎を上げてものが燃えたりしない、なんてことを主張する人がいますが、そこは関係ありません。

最初と最後が同じであれば、必ず結論は同じです。

体内で酵素を利用してゆっくり燃やそうが、実験容器の中で激しく燃やそうが、「食材+酸素」の有するエネルギーと「水+二酸化炭素」のエネルギーの差という点では、何も変わりませんから、カロリー測定としては、実験容器の中で燃やした結果生じる熱量を計るのが手っ取り早くて効率的です。


小まとめ2

すこしまとめます。

ブドウ糖はもともとエネルギーを貯め込んでいますが、そのエネルギーを全部使うことは出来ません。

生物は、それを燃焼させて(酸素と結びつかせて)よりエネルギーの低い水と二酸化炭素にすることで、差額のエネルギーを使うことが出来るだけですから、その差額でブドウ糖、ひいては様々な食材を評価します。

それが、いわゆる、牛肉100g何キロカロリーといった、食材のカロリーです。

なお、ブドウ糖の燃焼式は下記のようになります。

ブドウ糖+酸素=水+二酸化炭素+熱

熱力学のところで説明したように、熱とは分子の運動ですから、ブドウ糖を燃焼させると、激しく振動する水と炭素が出来ることになります。

しかし、こんなことが体内で起こっているのでしょうか。

激しく振動する水と二酸化炭素が発生するだけであれば、やかんを経由してやかんの水が沸騰するように、それが血液や筋肉を構成する分子を激しく運動させ、しかも、体の隅々まで伝播して、体温がぐんぐん上昇することになります。

仮に、体温が急上昇しては困るから、徐々に燃焼するということだとしても、それでは食材の持っているエネルギーは全て体温、つまり、体を構成する皮膚や筋肉や内臓を構成する分子を振動させるだけになってしまいます。

何も我々は震えているだけではなく、手を動かしたり、歩いたり、筋肉を動かしています。

つまり、プロパンガスを燃やすことによって生じたエネルギー、つまり熱が、やかんの中の水の温度を上昇させるように熱が熱として伝わる機能のほかに(体温維持)、その熱がやかんのふたを吹っ飛ばすような物理力に変換するような機能が体にあります。

ここから先が上述の燃焼式が実際に起こるミクロの世界です。

ミトコンドリア

実際に体内でブドウ糖を燃焼させる機能を持っている器官、それはミトコンドリアです。

ミトコンドリアにおいて、ブドウ糖は、血液中のヘモグロビンによって運び込まれた酸素とくっ付いて、水と二酸化炭素になります。

しかし、ここでその差額のエネルギーが、熱、つまり、水分子と二酸化炭素分子の運動に使われれば、ミトコンドリアは一瞬で爆発して終わりです。それくらいブドウ糖のエネルギー貯蔵量は大きいです。

そこで何が起きるかというと、体というのは、本当によくできていて、充電池のような分子が体内をめぐっていて、そこに貯蔵されます。

この充電池がATPという分子で、満タンがATPで、貯蔵したエネルギーを使うときは、リン酸を切り離して、ADPという物質になります。逆に言うと、空の充電池がADPで、リン酸を熱と共に加えるとATPという物質になってエネルギーをため込みます。

つまり、ADP+リン酸+熱=ATPなのですが、ブドウ糖を燃やして水と二酸化炭素にする時に、その発生するエネルギーは、空の充電池ADPをATPに再充電するために使わます。

結局、体内で起きているのは、以下のようになります。

ブドウ糖+酸素+ADP+リン酸→水+二酸化炭素+ATP

そして、このATPが細胞中を駆け巡り、必要な時にADP+リン酸+熱になることで、エネルギーを出します。

なんだかさっきと前提が変わってきているような気がしますが、そんなことはありません、エネルギーが、ATPという充電池を経由するというだけです。

ブドウ糖+酸素+ADP+リン酸→水+二酸化炭素+ATP

に加えて、

ATP→ADP+リン酸+熱

という反応があるだけです。

2つの式を足してみれば分かるように、右辺と左辺で相殺しあって、結局、体内で起きているのは、

ブドウ糖+酸素→水+二酸化炭素+熱

ということになります。

繰り返しになりますが、ブドウ糖を燃焼させたエネルギーをそのまま水分子と二酸化炭素分子の運動として開放すると、ミトコンドリアが爆発してしまうので、ATPという充電池にため込みます。

しかも、1個のブドウ糖から生じるエネルギーを36個のATPに分けて保管します。

つまり、ミトコンドリアが発電所で、そこで発電したエネルギーを36個のATPという充電池にためて、それを細胞の各所に送り、細胞の各所では、ATPをADPとリン酸に分解することで、エネルギーをこまめに使います。

しかし、そうはいっても、ブドウ糖ほどではないにせよ、ATPがADP+リン酸になるときに生じるエネルギーもなかなかの規模です。

つまり、結局、熱とは分子の振動ですから、いずれどこかでATPを分解すると、激しく運動するADPとリン酸が発生し、局所的に超高温になり、細胞内は水が大量にありますから、周りの水分子が瞬時に沸騰して爆発することになります。

結局爆発の規模を小さくして先延ばししただけで根本的な解決にはなっていません。

これをコントロールする仕組みこそ、いまだに人体の最大の謎の一つであり、分からないことだらけの筋肉の仕組みです。

筋肉の仕組み

アクチンとミオシンといった単語は聞いたことがあるかもしれません。

アクチンフィラメントとミオシンフィラメントというお菓子のウエハースみたいな絵があって、分かったような分からないようなといった感じのあれです。

もっとも、ここでは、そういう筋組織の話ではなく、ATPがADPとリン酸に分解されるときに発生する熱エネルギーがどうなるか、どうやって熱が筋肉という物理力に変換されるのかという話です。

もっとも、ミオシンという棒状の物質とアクチンという棒状の物質が、層状構造を取っており、レールの上を電車が走るように、ミオシンの上をアクチンが滑って、筋肉が伸び縮みするというのは知っておいてください。

ここは、正確性を捨てて分かりやすい説明をします。もちろん、正確性を取ったところで、“巧妙な仕組みにより”、“なんらかの仕組みにより”なんて説明になるだけなので気にする必要はありません。目に見えない分子レベルの機構解明は現代科学の謎の一つですから、見える現象を中心に説明するしかありません。

さて、筋肉ですが、ミオシンというのが面白い物質で、植物で言うウツボカズラのような形です。

まあ、例えなので、ウツボカズラってどんなカタチしているのかとググる必要はないどころか、やめてほしくて、茎があって、先端にフタ付きマグカップみたいなものが付いている植物を想像していただければ十分です。もちろん層状構造の中では横向きというか寝ている。

しかし、これぞ人体の神秘という感じですが、先端に付いているのはフタ付きマグカップのような単純なものではなく、マイコン付き圧力鍋のようなものが付いています。

ミオシンの先端についた圧力鍋がATPをパクッと食べます。そして、その中にATPを分解するしくみがあって、ATPがADPとリン酸に分解され大量の熱が発生します、つまり、暴れまわるADP分子とリン酸分子が発生します。

しかし、この圧力鍋がその振動を抑え込んで、マイコン式圧力鍋が圧を抜くときにプシューっと、少しずつ水蒸気を出すように、この膨大なエネルギーを時間をかけて放出します。

ADPとリン酸が暴れ回るのですが、圧力鍋が何とか抑えます。しかし、そうはいっても、完全には抑えられないので、少し圧力鍋自体が揺れて、それが周りの分子を揺らして、といった形で、少しずつ熱は外に伝わって、30秒ほどでADPとリン酸が落ち着きます。

そのおかげで我々の体温は、どこかで局所的に爆発が頻発して、全体として36度とかになっているのではなく、体全体(正確には筋肉全体)で、穏便に体温が維持されます。

ミオシン、アクチン、ミオシン、アクチンと重なったウエハースの中で、よく見るとミオシンの先端の中でATP大爆発が起きてるけど、ミオシンがそれを抑え込んで、ゆらゆら揺れる程度で済ませているから、体温上昇は緩やかで調節可能であるという話です。

しかし、これは、ATPがADP+リン酸になるときに瞬時に膨大な熱が発生するけど、それが、ミオシン圧力鍋の中に閉じ込められて、少しづつ熱が放出されるから、局所的な沸騰のようなことが起きずに、その熱を利用して穏便な体温維持ができるという話で、結局、熱が熱になる仕組みでしかありません。

次に、アクチン登場です。

体温維持は、体の中で無意識に行われますが、筋収縮は、心臓とかを除き、手を動かそうとか、足を動かそうというように、意識すると動きます。

つまり、脳から神経を伝わる電気信号が筋肉に伝わると筋肉は動きます。

この電気信号を受け取るのが、アクチンです(正確にはアクチンと一緒になってアクチンフィラメントを構成している別の物質ですが細かいので省略します)。

アクチンが脳からの信号を受け取ると、ミオシンの先端にある圧力鍋に手を伸ばして、ミオシンを先端を掴み、ふたを開けてしまいます。

そうすると、まさに圧力鍋の圧力を急に開放すると水蒸気が飛び出して圧力鍋が吹っ飛ぶのと同じで、ミオシンの先端部分の内部に抑えられていた暴れまわるADPとリン酸が解放されて飛び出し、その反動でミオシンの先端部分吹っ飛びそうになるのです。

つまり、ミオシンという駅のホームに、アクチンという電車が一両目だけ侵入して止まっている状態が筋肉に力が入っていない状態ですが、一両目の足元に、圧力鍋がおいてあって、普段はがたがた震えているだけですが、脳から信号が来ると、電車から手が伸びて、圧力鍋を掴むとともにふたを開け、そうすると、圧力鍋が吹っ飛び、その勢いで、電車をホームに侵入させるという感じで、筋肉が収縮するということになります。

これが、ブドウ糖の燃焼により発生する熱量が我々の体温維持という熱に使われるだけでなく、我々の体を動かすという運動エネルギーにも使われる仕組みです。

小まとめ3

ミトコンドリアと筋肉の話をまとめます。

我々の体内で起きているのブドウ糖の燃焼です。しかし、実験容器の中でブドウ糖を燃焼させると、すさまじい量の発熱が起きます。

しかし、我々の体内で、局所的な爆発や発熱は起きません。これは何故なのかという話です。

まず、ミトコンドリアの中でブドウ糖が燃えて水と二酸化炭素が生じますが、その時生じるエネルギーは、熱エネルギー、つまり、水と二酸化炭素を激しく振動させるために使われる前に、ADPという空の充電池を充電するために使われます。

しかも、1個のブドウ糖に対して、36個のATPという形で、発生するエネルギーが小分けにして貯蔵されます。

したがって、体内では、ブドウ糖を燃焼させても、激しく動き回る水分子と二酸化炭素分子が生じるのではなく、落ち着いた水分子と二酸化炭素分子そして、エネルギーを蓄えたATPという満タン充電池が出来るだけです。

しかし、これでは、熱の発生が先延ばしされただけで、水&二酸化炭素の大爆発の代わりに、どこかで比較的小さなATP爆発が起きるだけです。

そこで筋肉の登場です。

筋肉中のミオシンというたんぱく質の先端に高圧容器が付いていて、それがATPを食べて内部で爆発させるのですが、爆発を耐えきり、ゆっくりと外部に振動を伝えるので、実験容器で燃焼させる時のような、激しく炎を出して発熱するなんてことは起きず、ゆっくりと体内の水分等を温め、体温維持に使われます。

そして、筋肉を動かす時には、ミオシン先端の高圧容器のふたをアクチンが空けることで、高エネルギーが一気にあふれ出すのですが、ミオシンとアクチンががっつりウエハース状の強固な構造を作っていますから、やかんのふたが吹っ飛ぶように、ミオシン先端が吹っ飛びそうになりますが、それがアクチンを動かすという仕事に使われ、筋収縮して、バーベルを持ち上げたりします。

以上が、実験容器の中でブドウ糖を燃やしたときに発生する熱が、体内で、基本的に体温維持という熱のまま利用、場合により筋収縮という熱から物理力に変換され利用、される仕組みです。

ここまで、体内ににおいて、ブドウ糖が燃やされること、そして、その結果発生する熱が体内でどう利用されるかを見てきました。

もう一つだけ重要な話があります。

排泄物の話

最後に排泄物の話は避けて通れません。

まず、我々の体をよくよく考えてみると、チューブ状の構造をしています。

つまり、口から肛門までは一つの管です。もちろん、言葉の定義によりますが、そういう意味では、口から始まって肛門まではある意味“体外”です。

そして、“体外”から“体内”に物質が移動できるのは小腸だけです。口から入れたものが、咀嚼で小さくされ、さらには消化酵素でいろいろと分解されたりして、最終的に小腸で体内で吸収されます。

ポイントは、吸収されなかったものが便になるということです。

“体内”で不要になったものが便として排出されるわけではありません。口から入れたけど、“体内”に吸収されなかったものが排出されるだけです。

次の排泄物は尿です。

尿は体内で不要になったものを排出する仕組みですが、腎臓でろ過されてから排出されますので、成分としては基本的に水です。

尿素という重要な物質もありますが、ここではあまり関係ないので無視します。

尿には、水溶性ビタミンとか、ミネラルとか、いろいろ溶けたりしていますが、基本的に水です。そして、腎臓でろ過されるはずの糖分やたんぱく質が尿中から検出された場合、それはまずい事態であることはご存知だと思います。

何が言いたいかというと、口から入れた3大栄養素はどこに行くかということです。

吸収されなければ便として排出されますが、吸収されたものが便として排出されることはありません。

つぎに、体内に入った糖やたんぱく質が、不要だからといって尿として排出されることはありません。

では、それらは最終的にどこに行くのでしょうか。

結論としては、“体内”に吸収されたものは体の一部になり、そして体じゃなくなる時は必ず水と二酸化炭素になります。

それ以外に体外に出ていくプロセスはありません。

そして、食べたものが水と二酸化炭素になるということは、必ず、元の食材に含まれていたエネルギーと水+二酸化炭素のエネルギーの差額が、体温維持に使われるか、筋収縮に使われるかです。

逆に言うと、体温維持や活動等の消費エネルギーに使われなければ、その物質は必ず何らかの形で体内にあります。

人間の体には、確かに個人差があります。

肉を500g食べたとしたら、口に入れた直後以外、体重が何g増えるかは人によって違います。

消化吸収はさておき、吸収された500gの肉が体内で筋肉になるのか、脂肪になるのか、ブドウ糖にされて燃やされるのかといった、割合は個人差があるからです。

したがって、脂肪を食べると太りやすい人、炭水化物を食べると太りやすい人、といった個性があるのは間違いないと思います。

しかし、“500kcalの肉”を食べた場合に、その肉とそれが燃焼されるとできる水と二酸化炭素のエネルギーの差額である500kcalのエネルギーについては、体温維持か筋収縮に使われなければ、必ず体内のどこかに、何らかの物質に貯蔵されて存在します。

つまり、消費カロリー以上のカロリーを摂取すれば、必ずそのカロリー余剰を内部に保管した物質が体内に存在するということになり、絶対に体重は増えます。

代謝に個人差があっても、エネルギー収支に個人差はないのです。

まとめ

以上、我々の体の中でいったい何が起きているのかという疑問から始まって、カロリーとは何なのか、それが体の活動にどういう意味を持つのかを見てきました。

最近は糖質制限ダイエットが流行りです。

糖質制限はやり方もシンプルで簡単ですから、短期間で成果を出す人も多く、その実際性は疑う余地はありません。ベストな方法かどうかはさておき、脂質やたんぱく質の代謝に問題がある人以外には効果的でしょう。

しかし、だからと言って、「ダイエットに重要なのは炭水化物であって、カロリーは関係ない」というのは言い過ぎです。

炭水化物量が重要なのは間違いないですが、カロリーが関係ないというのだけは100%間違っています。

その点がうまく伝わってくれればよいなと思って書いた記事です。

目的は達成できているでしょうか。

参考文献

非常に面白い。超おすすめ。

この著者の本は全部面白い。

一応載せておきます。よくブルーバックスでここまで書く気になったなと感心するぐらい容赦なく発展的な内容に突っ込んでいきます。


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