はじめに
今回は、有酸素運動は筋肉を分解するのかという良くある疑問を解説します。
この疑問に答えるの簡単なのですが、この疑問を持っている人達が知りたいことに目を向けると、YESかNOで答えることが出来なくなります。
そこで、この疑問に答えつつも、その先にある、筋トレしている人は有酸素運動をするべきかという点についても解説したいと思います。
なお、最初に重要な結論を説明すると、この話、理屈はさておき、実践に移す時は個人個人が自分の体と相談して決めるべき話となります。
全く運動していない人が、食事制限、筋トレ、有酸素運動を同時に始めようとしているのであれば、有酸素運動は筋トレになれてくるまでするべきではないと思いますが、ある程度有酸素運動を継続している人が筋トレを新たに始めるという場合、有酸素運動のやり過ぎは進めませんが、やめた方がよいのかと聞かれると、筋トレの効果を見ながら自分の体と相談して決めてくださいとしか言えないところです。
事実の確認
この話は議論がややこしくなるので、まず事実の確認から始めます。
アメリカのNBAで活躍するバスケットボール選手を想像してください。彼らは皆ムキムキですし、また、素晴らしい持久力を持っています。そして、当然、日々のトレーニング内容は瞬発系(筋トレ系)トレーニングと有酸素運動系トレーニングのミックスです。両方をバランスよくトレーニングすることで、筋力・持久力共に高いレベルにあります。
もしこれを読んでいる皆さんがトップアスリートでなければ、彼らがやっているようなトレーニングを行うことによって(レベルは違えど)、今より筋力と持久力を両方向上させることはできます。どの程度のレベルまで持っていけるかは、才能、環境、年齢によりますが、両方同時に向上できるのは容易に想像できます。
バスケットボールでなくとも、柔道や柔術等の、筋力と持久力の両方が要求されるスポーツを始めれば間違いなく両方とも強化されます。力が強くなるにつれて練習についていけなくなったとか、練習にはついていけるようにはなったが、筋力が落ちたなんてことは起きないでしょう。
しかし、だからといって、この事実を提示して、「有酸素運動は筋肉を減らすというのは嘘だ、両方実現している人達がいる」と主張するのであれば、論理的にはめちゃくちゃです。理由が理由になっていません。もし彼らが、有酸素運動系のトレーニングをしていなければ、もっとムキムキだったかも知れないからです。
実際、一流のボディビルダー兼一流のマラソンランナーはいません。
持久力強化と筋力強化で、筋繊維、ホルモン、酵素等に起きる適応は真逆ですから(一つの組織に起こる成長の方向性の話)、筋力強化と持久力強化は相反する運命にあります。
エンジンを強くする同時に車体を軽くするといった話ではなく、エンジンに一回当たり送り込むガソリン量を多くするのか少なくするのかという話に近いですから、どこかで相反する時が来ます。
したがって、一流のボディビルダー兼一流のマラソンランナーはいませんし、なることはできません。
筋力強化を目指している人が、有酸素運動をし過ぎれば筋力強化にとっては有害ですし、また、マラソンランナーを目指している人が筋トレをし過ぎれば持久力強化にとって有害です。
両方を同時に強化することはできますが、片方を最大限強化しようとすると、必然的にもう片方が害されるのが事実です(スタートが運動不足というのであれば別の話)。
有酸素運動は筋肉を分解する
結論から言うと、有酸素運動中に筋肉が分解されるのは事実です。
有酸素運動中のエネルギーといえば炭水化物と脂肪が有名です。そして、有酸素運動の強度により脂肪の燃焼割合が変わるのは良く知られています。もっとも、その裏で筋肉も分解されているのはあまり知られていません。
運動中というより、食事中以外の全て、さらに言うと食事中も私たちは体を分解してエネルギーとして利用しています。毎分毎秒、車がガソリンを使うように、グリコーゲンを使ったり、脂肪を燃やしたり、筋肉を分解して体を動かしています。
つまり、食事で口に入れた分体重は増えますが、食事中も含めて体を動かせば動かすほど体のエネルギーを利用して体重は減っています。ガソリンが排気ガスになるように、二酸化炭素になります(少し極端ですが)。
もちろん、メインエネルギーはグリコーゲン(炭水化物)ですが、体の中ではいろいろ同時に起きています。グリコーゲンがゼロになったから次は脂肪を燃やす、続いて脂肪がゼロになったから筋肉を分解する、といったゼロか百の世界ではありません。
毎分毎秒、体を動かすエネルギーを補給するために筋肉は分解されています。運動なんてしていなくても生きているだけで毎分毎秒筋肉は分解されています。
そして、有酸素運動中はエネルギー消費量が増えますから、筋肉の分解量も増えます。
つまり、有酸素運動は筋肉を分解するというのは疑う余地のない真実です。屁理屈のようですがこれが真実です。
食事制限+有酸素運動の効果
有酸素運動により筋肉の分解が最大化するのは、過激な食事制限に有酸素運動を加えて一気に痩せようとする典型的なダイエット失敗例です。
食事制限(夕飯抜き等)で500kcal不足にして、さらに500kcal有酸素運動をすることで1日1000kcal分だけ体重を減らそうなどという過激なダイエットをすると、ひどいリバウンドにあって、ダイエット前より太る結果になるのは良く知られています。
マイナス1000kcalという急激なカロリー不足を実現すると、体がカロリー不足に対応しようとして代謝に使うエネルギーを減らします。その方法は2つあって、代謝のスピード自体を遅らせることと、筋肉を分解して代謝に必要なエネルギー自体を減らすことです。
つまり、カロリー不足が一定以上になると、体は筋肉の分解速度(分解割合)を高くするので、追加的な有酸素運動がどんどん筋肉を分解することにつながります。体重は減りますが、代謝速度が激減していますから、目標達成後に食事をもとに戻した途端に、すごい勢いでリバウンドしていきます。
食べ過ぎて筋肉が増える仕組みはありませんから、リバウンドで体重は増えますが、筋肉は元には戻らないので、その分脂肪が増え、前よりもふくよかな体になっていきます。
この良くある経験則からわかるように、“有酸素運動が筋肉を分解する”のは事実です。
筋トレ+有酸素運動の効果
ムキムキになりたい人が筋トレするのは筋肉を増やしたいからです。そしてダイエッターが筋トレするのは、脂肪を燃やしつつもできる限り筋肉を維持して締まった体を実現したいからです。
そうすると、両者にとっても、筋肉を減らす有酸素運動は有害と言えそうです。ダイエッターにおいても、食事制限と筋トレで十分脂肪は燃やせます。では、有酸素運動はしないほうが良いのでしょうか。
有酸素運動が筋肉を分解するのは事実です。しかし、筋トレしている人が、有酸素運動をした場合としなかった場合で、しなかった場合の方が、必ず筋肉が多くなるといえばそれは間違いになります。
ここが一番難しいところです。有酸素運動により筋肉が分解されるのであれば、しない方が筋肉量は多いはずという考えは当然に感じます。
しかし、これは筋肉の減少量にしか注目していません。
ここで、私たちの体内において、筋肉を分解してエネルギーにするプロセスと同時に、食べたたんぱく質を筋肉に合成するプロセスが動いていることを思い出す必要があります。筋肉分解と筋肉合成は同時進行の全く違うプロセスです。
つまり、筋肉量の増減=筋肉増加量-筋肉分解量です。
どんな運動もそうですが、運動中に何が起こるのかと、運動後に何が起こるのかを考える必要があります。運動中に筋肉が分解されても、運動後にそれを上回る筋肉合成が実現されれば、最終的に筋肉は減りません。
基本的に、筋トレをしない限り、新陳代謝の必要分を超えて筋肉合成量が増えることがありませんから、有酸素運動のみでは筋肉は減る一方です。しかし、筋トレをしていて筋肉合成スイッチがオンになっており、有酸素運動が筋トレによる筋肉合成を加速させるのであれば、有酸素運動中の筋肉分解を上回る筋肉合成が実現されるかもしれません。
そして、実際に有酸素運動には筋肉合成を促進する効果があります。
有酸素運動の重要な二つの効果
血流を活性化させる
有酸素運動は心臓の強化や毛細血管の増加により血流を活性化します。
筋肉の成長に不可欠な要素として、アミノ酸等の栄養の運搬と老廃物の除去があります。そして、血流が増加していればいるほど、栄養の運搬と老廃物の除去は促進されます。
したがって、有酸素運動による血流の活性化は、筋肉合成を促進します。筋肉合成スイッチがオンになったからと言って、運動不足の人が筋トレを始めたような状況では、栄養の運搬と老廃物の除去が不十分だからです。
インスリン感受性を高める
次に、有酸素運動はインスリン感受性を高めます。
インスリンの話は下記関連記事に書いていますので詳述しませんが、インスリンこそが筋肉細胞に必要な栄養を運ぶホルモンです。
したがって、インスリン感受性が高まれば、筋肉に効率的にアミノ酸と炭水化物が運搬されます。また、インスリンを大量に分泌する必要がなくなりますので、結果として脂肪の蓄積を抑えて筋肉に運ばれる栄養の割合を高めることが出来ます。
したがって、有酸素運動によるインスリン感受性の向上は筋肉合成を促進します。
有酸素運動は筋肉合成を促進する
このように、筋トレにより筋肉合成スイッチが入った状況において、有酸素運動は、血流促進とインスリン感受性の2方面から栄養運搬を加速し、筋肉合成を促進します。
まとめ
有酸素運動には筋肉分解と筋肉合成促進の二つの相反する機能があります。
原理的に筋肉分解は運動に必要なエネルギー補給ですから、有酸素運動の量を増やせば増やすほど筋肉分解の量は増えます。それどころか一定以上のカロリー不足を作り出すようになると筋肉分解は加速します。
他方、血流促進とインスリン感受性向上は、有酸素運動をしたことによる効果であり、運動時間を2倍にすると効果も2倍になるというものではありません。
つまり、有酸素運動の量を増やしても筋肉合成促進の量はそれほど増えません。スポーツの効果(体の成長)には限界があり、練習すればするほど体が成長するわけではありません。
トータルベースで見た場合、適度な有酸素運動は、しない場合に比べて筋肉成長に有効ですが、どこかのポイントを超えると、すればするほど逆効果になってきます。
かなりざっくりですが、絵にすると下記のような感じでしょうか。
以上から、ムキムキを目指す人だけでなく、締まった体を目指す人にとっては、筋トレの優先度が圧倒的に高いですから、有酸素運動は適度に抑えておくのが良いとされるのです。具体的には、いろいろな意見がありますが、週5回、1回30分が限度でしょう(当然、身体能力と経験次第)。
HIIT(高強度インターバルトレーニング)が注目されるのは、以上の理由からです。
HIITの効果(の理屈)は科学的に解明されていないことも多いですが、有酸素運動の効果を実現する方法としては短時間で済み、筋肉分解量もその分少なくて済むからです。
もっとも、最初に例に挙げたバスケットボールのように、どっちがメインというわけではなく両方重要なのであれば、バランスよく両方やるしかありません。筋力があればよいという競技ではなく、多少の筋力を犠牲にしてでも持久力を付ける必要がバスケットボールにはあるからです。
ムキムキになりたい人や締まった体を目指すダイエッターにとって、有酸素運動を適度に抑えた方が良いのは、あくまで、筋肉量が最優先だからです。
サプリメント
質問も多いのでサプリメントについて簡単に説明します。
ダイエット目的の人
ダイエット目的で有酸素運動をする場合には、体がエネルギー不足になるからこそ脂肪が燃焼するのですから、同時に起こる有酸素運動中の筋肉の減少は避けられません。したがって、そこをサプリメントでどうにかしようとしてアミノ酸を摂取するのが無意味とは思いませんが、摂取しすぎたアミノ酸は脂肪になってしまうので、逆効果にならないようにだけ注意する必要があります。
つまり、有酸素運動前後に、おまじないとしてにBCAAを1g程度摂取するのが合理的な選択肢かと思います。
競技目的の人
部活等、特定の競技のためのトレーニングとして、有酸素運動系のトレーニング(スキル練習)とパワーアップ目的の筋トレの両方をしている人にとっては、できる限り最高のコンディションで有酸素運動的なトレーニングをすることが最優先です。したがって、筋肉の分解がどうとかではなく、また、トレーニング後に少しでも早く栄養補給でもなく、トレーニング前・中・後と栄養を体に流し続けることが一番重要です。
ますトレーニング中の炭水化物摂取はマストです。エネルギー切れ状態で競技練習をするのは避けた方が良いと思います。
そして、アミノ酸摂取も重要ですが、トレーニング直前やトレーニング中にココア味のプロテイン等を飲むのは気分が悪くなりますので、アミノ酸を摂取することになります。そして、血流が一番活性化しているときに、それに乗せて栄養で体を満たすのが目的ですから、BCAAに限らず、EAAも一緒に摂取した方が良いと思います。当然人によりけりなのですが、目安として炭水化物(20gから30g)とBCAA(5g)とEAA(7g)を500ml位の水に溶かして、ちびちび飲み続けるのが重要です。
バラバラに買って混ぜるのが一番安いです。
財布に余裕があれば、海外製オールインワン型のトレーニング中用のサプリを買うのがおいしくて手っ取り早い。もっとも、海外製サプリの使用は自己責任で。
終わりに
今回は、有酸素運動は筋肉を分解するのかという良くある疑問を解説してみました。
そもそも、定義を最大限に広くすれば、生きていること自体が有酸素運動であり、生きているだけで毎分毎秒筋肉は分解されているので、有酸素運動が筋肉を分解するというのは間違いなく真実です。
だからといって、そこをもって、“有酸素運動は筋肉を分解する”というのは言いすぎな気がします。受け取った側を混乱させるだけでしょう。
筋肉量の増減は、毎分毎秒起こっている筋肉分解と筋肉合成の引き算であるというもう一つの真実もあるのですから、それを踏まえて、適度な有酸素運動であれば筋肉は減少しないと言ったほうが親切だと思います。
また、筋トレをしていなくても、有酸素運動自体がある程度筋肉の刺激になりますから(運動不足の人がジョギングを始めると筋肉痛になります)、有酸素運動がトータルで筋肉を減らすかどうかはその量やその人の体力次第になります。
ある量を超えると、すればするほど筋肉が分解し始めるというのは理屈上間違いありませんが、その”ある量”を考えたとき、個人差という大きな壁が実践面では立ちはだかります。
最初に例に挙げたNBAプレーヤー等も才能に恵まれた人たちであることも間違いありません。