はじめに
今回はデッドリフトのフォームについて解説してみたいと思います。
いわゆるBIG3種目の一つであり、筋トレする人なら誰でも名前を聞いたことがあったりはしますが、意外とジムでやっている人が少なかったりして、スクワットに比べると少し距離が遠かったりします。
実際にやってみると、本気でやると初心者でもかなり高重量がいけそうな気がする反面、腰への負担という点で本能的に感じる危険信号が半端なく、かなり軽重量から始めなくてはいけないと頭でも体でもわかり、修業期間が長そうでちょっと敬遠気味になってしまったりします。
また、下半身の種目なんだか上半身の種目なんだかよく分からなくて、メニューのどこに入れるか悩む種目の筆頭でもあります。
そんな理由で、なんとなくやらない人も多かったりしますが、デッドリフトで高重量を上げる人に憧れを抱く人は多いかと思います。BIG3ナンバーワンはスクワットじゃなくてデッドリフトだと思う、なんて言ってみたいものです。
今回はそんなデッドリフトについて、一体どういう意味があるトレーニングなのか、また、正しいフォームとは何かを、解説してみたいと思います。なお、登場するたくさんの絵は、私が頑張ってワードで書いているのですが下手くそなのはご容赦ください。
参考というか準拠する本は、いつもの通り世界的名著であるMark RippetoeのStarting Strength 3rd editionです。もちろん、私なりにかなりかみ砕いているのでご了承ください。
なお、Rippetoeの考え方に準拠するだけで、デッドリフトのフォームについてのいろいろな意見の中で、このやり方が一番正しいとか、他のやり方は間違っていると言った主張をする気は一切ありません。
デッドリフトの意義
ここでは、なぜデッドリフトがBIG3なんて言われるくらいの超重要エクササイズとされているかを解説します。
いきなりですが、思考実験です。頭の中で、足を何らかの装置で地面にがっちり固定した上で、コンクリートの壁を全力でパンチするとどうなるかを想像してみてください。
おそらく、拳が血まみれになり、手首を骨折するでしょう。
そこで、バンテージをぐるぐる巻きにしてしっかり拳と手首を保護した後に、さらに大きめのボクシンググローブをつけてもう一度、コンクリートの壁を全力でパンチします。後先のことは考えません。
そうすると何が起きるか。仮に拳や手首が大丈夫だったとしても、おそらく肘がやられます。
さらには、ひじの手術をして、鋼鉄製の関節保護装置を埋め込み、ボルトで固定して、もう一度パンチします。
そうすると、今度は肘は大丈夫かもしれませんが、おそらく肩がやられるか、もしくは腰を痛めると思います。
一体何の話をしているのか。
多くのスポーツの例にもれず、格闘技も下半身が重要で、強いパンチは、下半身、つまり、足を踏み込んで地面を蹴る動作が力の源泉です(体の回転はここでは度外視します)。
上の思考実験で、壁は堅いですが、動いていませんから何もそこから力は発生していません。にもかかわらず、何で、手首や肘や肩や腰を痛めるのでしょうか。
それは、関節に許容上限以上の力がかかったからであり、その力を生み出したのは自分の下半身です。
つまり、自分の下半身を使って出したフルパワーを壁に伝えたいのですが、その衝撃に上半身が耐えられないので、怪我をするわけです。
どんなスポーツも上述の通り力の源泉は下半身にあったりしますが、パンチしたり、バットを持ったり、ラケットを持ったり、作用点は上半身にあります。つまり、多くの動作において、力は下半身で生み出されるのですが、その力は上半身を伝わって、ボールなり、相手選手なりに伝えられます。
ここで、腹筋と背筋(ここでは背中の筋肉全般の意味で使います)の機能とは何でしょうか。
(物理の授業ではないので、「力」とは何かみたいな厳密な議論は省略しますがご容赦ください。)
パンチを打つ際に下半身から100kgの力を生み出したとします。どんな筋肉であれ収縮すれば力が生まれますし、武道の世界では強いパンチを打つ時に丹田(たんでん:おへその当たり)に力を入れろなどと言いますが、下半身が生み出した100kgに腹筋や背筋の収縮で生まれた20kgを足して、120kgのパンチを打つなんてことはあり得るのでしょうか。
なんとなくなさそうです。
腕や脚の筋肉の機能というのは、腕や脚を曲げたり伸ばしたりすることです。そうやって我々は歩いたり、水の入ったコップを持って口までもっていったりしています。
その点、腹筋や背筋も、背骨を曲げたり反ったりする機能はあります。しかし、なんとなく腕や脚とは少し違う種類の筋肉のような気がします。
その感覚は正しく、腹筋や背筋の機能は、究極的には胴体を守ること、つまり、何らかの力がかかった時に、内臓を包み込む背骨や肋骨を正常な状態で維持して、人体の中枢を守ることにあります。
つまり、パンチの例では、下半身が100kgの力を出し、その力を拳が相手に伝える際に、その衝撃から内臓を包み込む胴体を守るのが機能です。
そして、腹筋背筋を中心とした胴体がしっかりしていないと、力のロスが生まれ下半身の力が上手く伝えられません。パンチを打つときに腹筋等に力を入れるのは、胴体をしっかりと固め(“rigidに保つ”のうまい訳が見つからない)、下半身が生み出した力を効率的に作用点たる拳・相手に伝えるためです。
よく背筋力とパンチ力は関係あるのかといった議論がなされますが、鍛えた背筋がパンチ力を増幅する役割はしません。しかし、下半身のフルパワーに耐えられる背筋を持っているか否かは、相手に与える衝撃に大きな影響を持ちます。金属バットと木製バットのどちらがホームランを打ちやすいかという話と一緒です。
子供用遊具のシーソーの片側に太った大人が3人座っているとして、反対側にそれ以上の力を加えれば太った3人を吹っ飛ばすことは出来ますが、実際にそれをやろうとすると、シーソーが折れて終わります。大人3人を吹っ飛ばすには、その力に耐えられる硬いシーソーが必要です。
長い導入になりましたが、これでやっとデッドリフトの説明ができます。
デッドリフトは数ある筋トレ種目の中でも、下半身のフルパワーを出しつつ、バーベルを手に持つ、つまり、作用点が手の先にある種類の種目で、しかもその中でも最高重量を扱えるものです。
確かにほどんどのスポーツ動作において力の源泉は下半身ですから、バランス等に気を使わないスクワットで強靭な下半身を作ることは非常に重要です。
しかし、実際のスポーツ動作では、鍛えた下半身から生み出される力を、胴体、肩甲骨、腕と伝わらせて、作用点たる手先に効率的に伝えることが必要です。
下半身をフルに使って、手に握った、数あるフリーウェイト種目でも最大の重量のバーベルを持ち上げることで、下半身を鍛えるとともに、下半身のフルパワーに耐えきる強固な胴体を作る、それがデッドリフトであり、数ある筋トレ種目の中でも最重要種目の一つと言われる理由です。
また、下半身のパワーに耐えきる胴体が無いと、それは腰等を痛めることを意味しますから、そういった意味では、腰などの胴体周りの怪我の防止という意味でもデッドリフトは重要なエクササイズです。
注意点
上記のデッドリフトの意義を考えると、デッドリフトは必ず軽重量から始めなくてはいけないというのは理解できると思います。
デッドリフトという新しい動作を初めて行うとしても、下半身のフルパワーを出すのは簡単で、その一方で、胴体がついてこれない可能性が高く、怪我するリスクが高いからです。
最初のうちは下半身に余力があるのは仕方なく、正しいフォームを維持しながら少しずつ重量を上げていくことが重要です。
もっとも、ここに非常に重要な注意点があります。
それは、正しいデッドリフトのフォームは、標準プレートを前提としている点です。
標準プレートとは、いわゆる重量挙げ競技で使われるプレートで、重量が違ってもプレートの直径が同じ45cmのものです。その代り重量ごとに色が違います。つまり、10kgのプレートでも、25kgのプレートと同じ大きさです。
しかし、このプレートが置いてあるジムなんて普通はありません。通常、ジムにおいてあるプレートは、重量が重くなるにつれプレートも大きくなっていきます。
一体何が問題になるかというと、バーベルを床に置いたときのバーの高さです。
はじめは軽い重量から始めるとしても、例えば、30kgから始めるとすると、20kgのバーに5kgのプレートを付けると思いますが、それだと、スタートポジションが低すぎるのです。10kgのプレートを付けた40kgでも低すぎます。
プレートを横置きしたりブロックのようなものを用意するか、パワーラックの高さを調整するかして、バーが床から約20cmの高さを実現する必要があります。
以下、デッドリフトのフォームを解説していきますが、スタートポジションでバーが床から20cm程度の高さにあることが前提となっているので注意してください。
ルーチンの確認
まず、デッドリフトのルーチンを確認します。各ルーチンの意味については、ここで説明しきってしまうものもありますが、その詳細は記事の後半で説明するものもあります。
Step1.立つ
デッドリフトは床に置いたバーベルの前に立つところから始まります。
スタートポジションのスタンスは肩幅よりやや狭いスタンスです。もっとも、肩幅よりやや狭いという説明で「これぐらいか」と納得できる人はいないでしょう。
デッドリフトというのは、高重量のバーベルを持ち上げる動作であり、足でしっかり地面を蹴って踏ん張る必要があります。
ここで、地面を強く蹴って踏ん張るというのがポイントで、これが必要な単純動作として、垂直ジャンプがあります。
つまり、垂直ジャンプで高さを競う場合をイメージして、思いっきり地面を蹴ってジャンプする前のスタンスを作ってください。おそらく肩幅よりは少し狭いくらいになると思います。
それが、デッドリフトのスタンス(足幅)です。
つま先の向きは真っ直ぐではなく10度から30度くらい外を向けます。
これは、スクワット同様、外に向けた方が臀部の筋肉が関与しやすくなるからです。
あまり開きすぎるとかえって不安定になりますから、しっかりと踏ん張れるのが前提で、開けば開くほど良いなんていうものではありませんが、駅のホームで電車を待っている時や台所で料理している時のいわゆる自然な状態よりはあえて開き、少し不自然な感じがするくらいは開きます。
そして、どこに立つかですが、バーとすねが2~3cmほど空いた距離のところに立ちます。
もっとも、ここでも2~3cmという数字に意味はありません。デッドリフトのトップポジションから逆算する必要があります。
デッドリフトのトップポジションでは高重量のバーベルを持って立つわけですが、地面との接地は足の裏だけです。そして、重心はどこにあるかと言えば、つま先でもかかとでもなく、足の真ん中、土踏まずの真ん中あたりです。
高重量のデッドリフトでは、かかと重心やつま先重心というのは、バランスを崩すというレベルの話ではなく不可能ですから、重いバーベルを持ては自然にトップポジションでは足の真ん中に重心が来ます。
そして、後に詳述しますが、バーは垂直に動くのが一番効率的ですから、スタートポジションでも、バーが足の真ん中の上に来るようにセットします。
なお、足の裏全体の真ん中であることは注意してください。
Step2.バーを握る
次にバーを握ります。
ここでポイントは、脚は伸ばしたまま(膝をなるべく曲げずに)バーを握ります。なぜ膝を曲げずにバーを握るかというと、お尻の位置がスタートポジションにおいて重要であり、むやみにお尻を下げてしまうと正しいスタートポジションを取れなくなるからです。ここでは、お尻の位置は高くキープしておきます(これが目的なので、膝を全く曲げてはいけないというわけではありません。しゃがみこまないというだけ)。この段階で背中が丸くなっているのは全く問題ありません。
そして手幅です。
手幅できるだけ狭く握ります。しかし、バーベルを引っ張り上げる動作中、手と脚がぶつかるのは避けなくてはいけませんから、手と脚が干渉しない程度に狭い手幅です。
目安としては、握った位置から親指を横に伸ばすと指先が脚に当たるか当たらないかの位置くらいです。
ここで、なぜ手幅をなるべく狭く握るかというと、その方が仕事量が小さくなるからです。
バーを持って立ってみてください(想像でもよいです)。やってみるまでもなく分かるように、手幅を広げれば広げるほど、バーの位置(床からの高さ)は高くなります。つまり、手幅を広げれば広げるほど、バーベルを持ち上げる距離が増えるので、その分大変になります。
あくまで負荷は重量で調整するのであって、動きは効率的な動きを追求します(そうでないと正しいフォームという考え方自体がなくなってしまう)。
ステップ2を通じてバーが動いては絶対にいけません。それでは、ステップ1が無意味になってしまうので、バーが動いたら、ステップ1からやり直しです。
Step3. 膝を前に出す
次は、膝を曲げながら前に出します。そして、すねがバーに当たったらそこで止めます。
まず、バーは正しい位置にセットされているので、このステップを通じて絶対にバーを動かしてはいけません。
また、膝を前に出す過程でお尻の位置は動きません(正確に言うと少し下がりますが)。お尻を突き上げたまま膝を前に出すのであって、お尻を下げてしゃがむような動作は一切行いません。
膝はつま先方向に前に出し、膝が肘に当たるくらいが、かなり大まかですが目安です。
Step4.胸を張る
次に胸を張ります(胸を突き上げる)。
ここでも、バーは絶対に動きません。
胸を張りますが、肩甲骨は寄せません。トップポジションで肩甲骨を寄せない以上、スタートポジションでもその動きは不要です。肩甲骨を寄せるとその分だけバーが引き上げられることになりますが、高重量を扱うデッドリフトでその動作は不要(というより維持不可能)。
お尻は絶対に下げません。胸・背中のテンションと共に、お尻を下げようと引っ張るハムストリングスのテンションを認識することが重要です。
胸を張ると自然に背中が反ります。しかし、鏡で見るとわかるように、お尻を高く保っている限り、背中を一定以上反ろうとしても、骨盤を下から引っ張るハムストリングとの拮抗が起きて背中は反りません。
Rippetoeはこの背中の反りについて非常に熱く解説しており、詳細は原著を参照してほしいのですが、デッドリフトの動作中、反った背中は正しくなく、かといって丸めるのでもなく(これは最悪)、通常の状態(Normal anatomical position)にキープしてなくてはいけないのだが、通常の状態は、背中を反ろうと努力しない限り実現できないと言っています。
これは実際に試してみるのが早いです。まっすぐ立って、できるだけ背中を反ります。そして、手のひらの小指側を脚の付け根に置き(いわゆるコマネチのポーズ)、膝を伸ばしたまま手を体側に押して腰を後ろに引いていきます(脚をぴんと張ったまま腰を後方向にできるだけ引いてお辞儀する)、そうして45度くらい曲げた時に、鏡を見てください、頑張って反っているつもりでも背中は真っ直ぐになります。その状態で腹筋に力を入れて維持すれば最後まで背中は反りません。
そして、その時にしっかりとハムストリングスのテンションを感じることが重要です。
もしここで、背中が反って見えるのであれば、ハムストリングのテンションが緩んでいる、イコールそれは、途中でお尻を下げてしまったということであり、イコールそれは、すねが必要以上に前傾したことを意味し、イコールそれは、すねがバーを前に押し出した、つまり、バーが足の真ん中から動いてしまったことを意味します。
最後に、バーが足の真ん中の上にあることを確認し、そして、重心がつま先でも踵でもなく、しっかりと足の真ん中にあること、体の裏側全体にテンションがあることを確認します。
Step5. バーベルを持ち上げる
そして、バーベルを持ち上げるのですが、Rippetoeはここで、バーベルを文字通りにDragしろと言っています。
Dragとは、パソコン用語のドラッグ&ドロップのドラッグで、引きずるという意味です。
つまり、すねと太ももの上を引きずっていけ、脚とバーが絶対に離れてはいけないと言っています。したがって、デッドリフトはすねを痛めるので、スウェットパンツをはいてやれとも言っています。
以上がデッドリフトのルーチンですが、以下ではもう少し細部を見ていきます。
バーの軌道
デッドリフトにおいて正しいフォームというものを理解しようとした時に、出発点はバーの軌道です。
デッドリフトは床の上で止まっていて動かないバーベル(Dead Positionにあるバーベル)を持ち上げる動きです。
そして、最も効率的な動きは、バーベルが垂直線上に動く場合です。2点間を結ぶ最短距離は直線だからです。バーベルを持ち上げる動作において、バーベルの水平方向の動きは重力との関係において不要であり、無いに越したことはありません。
そして、トップポジションの位置は一つしかあり得ませんから、スタートポジションのバーベルの位置も必然的に決まります。それは、トップポジションの位置の垂直線上の真下であり、足の真ん中の上です。
したがって、正しいデッドリフトにおいて、バーの軌道は下記のようになります。
下記のように、バーが水平方向に動くのは、不要な動きのために無駄な力を浪費していることを意味しますから、間違った挙上ということになります。
バーベルを足の真ん中の垂直線上で持ち上げる。デッドリフトの正しいフォームというのはこれを実現するフォームに他なりません。
てこの原理
ここでは、正しいフォームを考えるにあたって欠かせない、デッドリフトにおけるてこの原理を考えてみます。
絵にすると下記のようになります。
実際には膝が動き、つまり、大腿四頭筋の作用も大きいのでもう少し複雑ですが、バーベルを引き上げるという動作に着目する限り、てこの原理は上記のようになります。
ここでのポイントは、股関節が支点となりますが、力点-支点間のモーメントアームと支点-作用点間のモーメントアームに大きな不均等がある点です。非常に不利なてこです。
小学校の授業を思い出すまでもなく、作用点までが遠いので、力点には大きな力が必要です。
そして、上記のてこの原理からは一つのことが言えます。それは、作用点までのモーメントアームが短いほど効率的になるということです。
そこから、デッドリフトで持ち上げる時は、すねや太ももの上を引きずるように上げるという原理が登場します。出来る限り支点たる股関節とバーベルの距離を短く保つことが重要です。デッドリフトにおいて、動作を通じて、バーベルが体から離れる瞬間はありません。
なお、パワーリフターの一流選手の中には、背中を丸めたようなフォームでデッドリフトをする人がいますが、その理由はこの支点-作用点の距離を少しでも縮めたいからです。
しかし、それは、背中を痛めるリスクを取るのと引き換えに挙上重量を上げるフォームであり、リフティング競技ではなく、ストレングストレーニングとしてデッドリフトをする人が真似をする理由はありません。
以上、てこの原理は、実際には以下で見ていくようにもう少し複雑なのですが、頭の中のシミュレーションと合わせて、バーベルが出来る限り体の近くを通るようにすることが重要という点を理解してください。
広背筋、腕の角度、肩の位置
上述のてこのようなシーソーを想定します。片側におもりがぶら下がっています。そこで、片側を押すと何が起きるでしょうか。
力点に十分な力を加える限り、ぶら下がったおもりは上昇しますが、果たして真上に垂直に上昇するでしょうか。
なんとなくわかると思いますが、結論は真上ではなく、遠心力のようなものが発生し、斜め上に動きます。
デッドリフトにおけるバーベルは腕にぶら下がっているおもりと同じですが(以下では厳密には違うという点を見ていくのですが)、バーベルを真上に持ち上げたいので、水平方向に動いてもらっては困ります。しかも、上述したように、できる限り体の近くを通したいのです。
上記のてこで、おもりが遠くに行ってしまわないためには、下記のようにもう一つのひもが必要となります。
このひもの役割を果たす筋肉のうち最も重要なものが広背筋です。広背筋でしっかりバーベルのぶら下がった腕を体側にひきつけておく必要があります。
そして、広背筋が一番しっかり腕を固定できるのは、広背筋が腕に対して90度の角度になるときであり、その状態では、腕は地面と垂直にはなりません。下記の絵のような状態が理想的です。
原著では非常に詳しくまた難解な説明がなされていますが(物理学者による証明まで付属)、正しいスタートポジションにおいて、体格差によらず常に広背筋と腕の角度が90度になるのかどうかはいくら読んでもわからないのですが、広背筋を最大限に利用して、支点-作用点間距離を最小に保った挙上をするには、スタートポジションで肩が前に出て腕が地面と垂直にならないというのがポイントです。
体格差等の影響によりスタートポジションの形は差異があるものの、体格差によらず不変の結論として、足の真ん中とバーベルと肩甲骨が垂直線上に位置し、肩がバーベルよりも前に出て腕がやや斜めになるのが、重いバーベルを垂直に引き上げるための最適なスタートポジションであると説明されています。
しっかりとスタートポジションの型を覚えてください。
角度分析
ここでは、挙上プロセスにおける各関節の角度を考えます。
確かに、すねや太ももの上を引きずるようにバーベルを持ち上げればよいというのはその通りなのですが、すねや太ももの角度は動作中どのように変化するのでしょうか。
まずは下記のように角度の定義をします。
最初に正解を書いて、その後各段階の詳細を書きます。
まず、バーベルが床から持ち上がる時は、主導となるのが大腿四頭筋で、つまり膝関節が開きだします。そして、ここがポイントですが、バーが膝の下部あたりに来るまで前傾角度は変わりません。ここで、前傾角度が変わらないということは、股関節がわずかに開くということです。
そして、バーが膝の下部あたりに来たあたり、すなわち、すねが垂直に近くなったあたりから、各角度の開き具合が劇的に変わり、股関節角度が大きく開き始めます。
バーが膝に当たる当たりくらいで、大腿四頭筋は挙上における役割のほとんどを終え、ここから先の主導筋は、ハムストリングス、殿筋、内転筋となります。
なお、背中の筋肉の役割は、挙上中体幹をしっかりと維持することであり、下半身から生まれた力を、胴体、腕、そしてバーベルへとしっかりと伝えることです。バーベルの挙上自体への貢献はありません。
以下、段階的に見ていきます。
まず、バーが膝の近くに来るまで前傾角度は変わりません。
なぜこうするかは、こうしないとどうなるかを考えると明らかになります。
まず、下記のように股関節角度が大きく開いてしまうケース。
最初の段階で、股関節角度が大きく開いてしまうと、バーが前に行ってしまい、バーの軌道が垂直になりません。
これは、スタートポジションが正しくても、上半身の力で引き上げようとすると起こります。
もっとも、バーが足の真ん中からずれるということは、バランスを崩すということですが、デッドリフトでは高重量を扱いますから、つま先重心で、おっとっとなんて言いながら耐えるなんて事態は起こり得ません。したがって、この失敗を高重量を持つ場合に心配する必要はありません。
つまり、軽重量でフォームの練習をしようとする時に起こる事態です。
挙上中に、重心が前にずれつま先重心になるとか、かかとが浮くという傾向がある場合には、足の真ん中に重心をしっかりと置き、広背筋でしっかりとバーベルを体側にひきつける力を意識して、バーを後ろに引っ張るくらいの気持ちで、すねに沿って引き上げるようにします。
次は逆のパターンで、下記のように膝関節が開くが、股関節角度がまったく開かないために、前傾角度が水平に近くなってしまうケース。
この失敗2の特徴は、バーがすねから離れる点です。
そして、これが起きると、大腿四頭筋が収縮して膝関節が伸びているにも関わらず、バーベルが動いていないということですから、結局のところ、自ら強力な大腿四頭筋の関与を無駄にしていることになります。そうはいっても、最終的にバーベルを引っ張り上げなくてはならないわけですから、ハムストリングス等に負担のほとんどを寄せていることになり、効率的な挙上とは言えません。
また、前傾角度が水平になってしまうというのも困りもので、これが起こると前傾角度の開き度合が増え、それはイコール、背中の筋肉を緊張させて背中を丸めるのでもなく反るのでもなく真っ直ぐに保つ時間が長くなりますから、背中に不要な負担をかけることにもつながります。
この失敗のシグナルは、バーがすねから離れるという点です。これが起きた場合、原因はハムストリングスが上手く使えてないということになります。
バーが膝近くまで来て、主導筋が大腿四頭筋からハムストリングス等裏側の筋肉に移るまで、ハムストリングスの役割は、前傾角度を維持することです。
そして、前傾角度を維持できずに、水平に近くなってしまうということは、お尻が浮き上がるということです。ここで、お尻を浮き上がらないように抑えるのがハムストリングスの役割です。
これが起きるのは、ハムストリングスが弱いからではなく、意識できていないからです。まず、スタートポジションで、ハムストリングスに一定以上のテンションがかかっていることをしっかり確認します。そして、お尻が浮き上がらないようにハムストリングスのテンションでお尻を下方に引っ張られる感覚を維持しつつも、膝関節を開きながら大腿四頭筋主導でバーベルを床から引き上げます。
バーベルが床から離れる約5~8cmは前傾角度が変わらないという点をしっかり理解してください。
そして、バーベルが膝を超えたあたりからは正直簡単で、膝関節と股関節をしっかりと伸ばして、トップポジションまでバーベルを持ち上げるだけです。
ここまでくると、重いバーベルを持てば自然に垂直線の軌道を描くように体が動いてくれるので特に意識することはありません。
絵にすると下記のようになりますが、この段階で意識することは特段ありません。
体格差による補正
デッドリフトのフォームは体格差により差異が出ます。
より正確に言うと、バーが足の真ん中の垂直線上を上下するという点ではフォームは変わりませんが、スタートポジションの前傾角度等は体格差によって大きく変わります。
例えば、バーが膝の下部に来るくらいまでは大腿四頭筋が主導だが、それ以降はハムストリングス等が主導筋になるというが、膝の下部とは具体的にどこかという疑問があります。
しかし、ここに残念ながら正解がないのが現実です。
膝の下部という表現自体があいまいですが、自分にとってはここがそのポイントであるという正解を知っている達人がいるとします。
ここで、例えば、その達人とすねや太ももや胴体の長さがまったく同じでも腕の長さだけ2cm長い人がいたとします。なんとなくわかると思いますが、その人にとって、主導筋変更のポイントは、達人のポイントより、2cm下のところになります。
したがって、膝下あたりでたいていの場合大丈夫とはいうものの、具体的にどこかは個人差があります。しかし、すねが概ね地面と垂直になるあたりであることだけは間違いありません。バーベルが膝と呼ばれる一定範囲に差し掛かるのを待つのではなく、すねが垂直に近くなるところにポイントはあります。
このように体格差がいろいろなところに影響しますが、一番大きな影響をするのはスタートポジションの前傾角度だとRippetoeは言っています。
下記に、胴体を長くするにつれて足を短くしていくとどうなるかを絵にします(下手ですいません)。
しかし、上の絵に書いたように、体格差により様々な差異は生まれますが、スタートポジションにおいて、足の真ん中とバーベルと肩甲骨が垂直線上に配置し、肩が少し前に出て腕がやや斜めになるのが、支点たる股関節に最短距離で、バーベルを垂直に持ち上げるスタートポジションであるという点は変わりません。
おわりに
今回はデッドリフトの意義とフォームを解説しました。
原著では、ものすごく詳細に書いてあるのですが、何とか自分なりにまとめてみました。世界的な権威であるMark Rippetoeの考えのエッセンスを正確に紹介できていることを祈るばかりです。
なお、最初にも書いたように、デッドリフトに関しては、上級者はみな一家言あり、フォームについてもいろいろな意見があますが、その中でRippetoeの考えが一番正しいとか、他が間違っているといった主張は持っていませんし、そのような議論をしたいがために書いた記事ではありません。
デッドリフトが良いらしいと聞いたことがあるけど、どうやるのが正しいのかわからないといった疑問を持った初心者の方にとって、一つの意見として少しでも参考になれば幸いです。
もちろん、直訳しているわけではなく、自分なりにかみ砕くという名の下、かなり意訳していますし、説明を省略した部分もあるので、詳細は原著を当たってください。