サプリメント科学との付き合い方


はじめに


今回のテーマはサプリメント科学との付き合い方です。

現在、いくつかのテーマで記事を書こうとしながら、どれもこれも大苦戦中で一向に記事がアップできないのですが、その過程で面白い本を読んだのと、ずっと更新しないのもブログへのログイン方法を忘れそうで怖いので、これを参考にしながらサプリメント科学について書こうと思います。

何か更新しないといけないというのが動機なので、普段の筋トレ・ダイエット情報というよりかなりエッセーに近いです。

お陰様でこのブログも月間10万PV達成目前です。

読者の方から励ましや質問をいただくことも多く、非常に励みになるのですが、その一方で批判をいただくことも多々あります。

もちろん、公開の場で怪しい議論を大展開している以上、批判も罵倒もやむを得ないのですが、“最新の研究結果”が大好きな人達から頂戴する科学的根拠に基づく専門用語満載の意見に、私は反論する術も意思も持っていません。

なぜなら、科学的根拠に基づく議論なるものに何の魅力も感じないからです。

「人体は、生理学者の数世紀先を行っている」というのは、人類で初めて1マイル(約1.6キロ)4分の壁を破った、元祖HIIT実践者であるロジャー・バニスター卿の言葉です。

体の仕組みなんて分かってないことだらけなのに、科学的根拠に基づいた議論をしたいというのは、将来結論がひっくり返るかもしれない可能性を捨象して、分かっていることだけで議論するというルールに基づく、ただの科学ごっこであり、科学の対極にある態度ではないかとすら感じます(かなり極論ですが)。

せっかくエッセーっぽいものを書くので、極端なトンでも論になることを恐れず、このブログを書く私の主観的科学観全開で行きたいと思います。

「例えばおまえ、わかんないものでも受け入れるだろ。ビッグコミック・スペリオールの、スペリオールの部分を、わからないなりに受け入れるだろ、おまえ。そこが芸術だっていうの。俺、読めないもの、あれ。スペリオール? 意味わかるまで気になって読めないもの。この事実が証明するようにいつも損する側だよ。当たり前の人間というものは」松尾スズキ『マシーン日記』 アキトシの台詞

参考図書


この本は非常に面白い本です。一部(データ等の事実のみ)を下記で紹介しますが、ごく一部の客観的事実を引用させていただくのみで、本書では著者の見解も含め、サプリメント科学とどう付き合うのかが詳細に解説されているので、そこら辺の話に興味を持っている人には一読をお勧めします。なお、この記事の意見はすべて私の意見です。くれぐれもこの本の著者の意見であるかのような誤解はしないでください。引用しているのは登場する研究データの一部のみです。

科学者の信念


中学や高校で、実験の後にレポートを書かされた人は多いと思います。

そして、その書き方が厄介で(ここはどの先生も一家言あったりする)、最初に仮説を書けと指導された人も多いかもしれません。

実験とは仮説を検証するために行うものである、さらには、科学とは仮説を検証していくプロセスであるなんていう大上段からのご高説を賜った人も多いはずです。

しかし、学生実験のレポートで仮説を書けと言われても、実験する前からなんとなく結果を知っていたりして、「仮説ってなんだよ?」と思った人も多いと思います。

仮説の重要性というのは、大学院等の研究室で教授をはじめとする先輩研究者たちと接するまで、分からないのが普通だと思います。

仮説がなぜ重要か。それは、まさに、それこそ研究者が研究する理由だからです。

どういうことでしょうか。

研究者の人たちは、実験で証明したいことがあります。どうなっているか知りたいから、とりあえず実験しているのではなくて、こうなっているに違いないという強烈な信念のようなものを持っています。

もちろん、その信念に根拠はありません。その根拠を得るために実験しているのです。

その典型例が天動説と地動説の議論です。

この議論には、キリスト教会等が登場しますし、実際自分がその場にいたわけでも、科学史の専門家なわけでもないから詳しくは知りませんが、地球と宇宙はどうなっているのかという点に関し、データ解析をめぐる議論をしているわけではありません。

本質は、「地球が動いてるに決まってんだろ」と考える頭の良い人達と「宇宙が動いてるに決まってんだろ」と考える頭の良い人達の大喧嘩です。

データを解析する前にそう信じているのです。

天動説派の人が実験して、天動説を裏付ける結果が出れば、「やはり天が動いているのだ!」となりますが、地動説に親和性のある結果が出れば、「何がおかしかったのだろうか?さらなる検証が必要だ」と考えて新しい実験に移るだけで、「自分は間違っていた!」なんて思うはずがありません。

そういう信念のない人は研究者になんかなりませんし、なれません。強固な信念を持つ人達が互いにぎりぎりまで根拠を集めたからこそ結論が出るわけです。

何が言いたいのかというと、「最新の研究結果ではこういうことが分かっています」とか、「科学的にこうであると結論が出たと言っていいでしょう」などと話している科学者がいたら、その人はもともとそういう方向で結論付けたい人である可能性が高いということです。

その裏で、「そんなわけないだろ」と考えている科学者が実験に没頭しており、いずれその人たちが新しい知の地平線を切り開くかもしれません。

アインシュタインでさえ、20世紀を代表する学問である量子力学を死ぬまで受け入れませんでした。彼の量子力学への反論を支えているのは「そんなはずはない」という思いだけでした。

科学者というのは、データに基づく客観的な話をしなくてはいけないし、実際にしているのですが、世の中は、人間の体は、こうなっているに違いないという、強烈な信念を持つ人たちである点に素人の我々は注意する必要があります。

出だしからだいぶ偏った感じになっていますが、サプリメント科学に絞って、もう少し具体的に考えていきたいと思います。

実験自体の限界


科学といってもいろいろあります。

誰が何と言おうと一番厳密なのは数学です。他の分野の研究者が「何々を証明した!」と叫んでも、「それは厳密には証明されたとは言い切れない」とケチつけてくる人達が数学者ですが、それくらい、数学という箱庭の中では純粋な理屈だけの証明が可能ですし、気が狂うほどの厳密さの中で議論しています。

数学に比べると、物理も化学も生物も似たようないい加減なものですが、物理や化学というのは、実験で証明しようすることがシンプルなので、結構厳密に証明できます。というより調べたいことだけ抜き出した実験が比較的容易です。

もちろん、実験で使ったビーカーの一つにだけ内側に見えない傷が入っていて、それが結果に影響を及ぼした可能性はゼロではありませんが、使う物質だけを用意することで対象を絞ることが出来ます。

しかし、生物、特にサプリメント科学くらいになると、はっきり言って数学者からするととても科学と呼べるような代物ではありません。

実験容器がガラスの容器ではなく、無数の化学反応の塊である人間であり、分析したいものだけ抜き出して実験することが出来ないので、他の要素が影響を与えた可能性を本質的に否定できないからです。

50人ずつ2つのグループを作り、6週間にわたって週2回スクワットをさせて、一つのグループにはトレーニング直後にプロテインシェイクを飲ませ、もう一つのグループには水だけを飲ませた。

その結果、筋力の上昇度合いを比べると、プロテインを摂取したグループの方が平均を取った場合に筋力の上昇度合いが高かったなんて実験があるとします(実際ありそうですが)。

数学者に言わせれば、”この実験”から言えることは”この実験の結果”だけであり、それを一般論に拡張し、”トレーニング直後のプロテイン摂取が有効である”といった、他の人にも当てはまるかのような結論付けをすることは、何の根拠もないことになります。

しかし、トレーニング直後の栄養補給の重要性を信じる学者からすると、トレーニング直後のプロテイン補給の有効性を裏付ける重要な研究がなされたことになり、日曜夜のテレビに出て林先生に教えたりしかねませんし、その実験にかかる費用やプロテインを供給したサプリメーカーは“最新の研究によると”などと宣伝し始めます。

その一方で、十分な量のたんぱく質を摂取する必要があるが、トレーニング直後に急いで飲む必要はないと考える学者は、実験の不完全さを主張するでしょう。

そもそも、実験に参加した人たちが、実験以外でどのような生活しているかはわかりませんし、追跡しようもありません。水のグループには、夜酒飲んでばかりの人が多かったかもしれませんし、そもそも、1日のタンパク資質摂取量が同じだったかもわかりません。仮に同じに設定したとしても、本当に参加者が摂取したかどうかはわかりません。それもチェックしたなんて言う場合には、24時間監視によるストレスの影響が大きそうです。さらには、スクワットによる筋力上昇は個人差も大きそうです。

また、多くの研究では結果を平均したり統計処理したりしますが、こういう研究の場合、一人一人を見ていくと何故か筋力が全然上昇しない人が出てきたり、一番成長した人は水のグループの人だったりなんてこともありそうですが、個々の理由は説明不能です。

“50人の結果を平均すると”なんて説明を聞いても、統計処理することは当然のようで、特段おかしさを感じたりはしませんが、よくよく考えてみると、説明不能の個別事象を飛び越して、何か結論を言いたいがためだけに、平均しているような気もします。

もう一度違う100人でやった場合に同じ結果になる保証はどこにもありません。

“その実験”の結論を一般論であるかのごとく述べることはできますが、究極的には偶然か必然かを分けることはできません。

以上は難癖に近いですが、実験による証明が原理的に難しい分野であることは意識する必要があります。

結果分析の難しさ


実験自体への難癖はさておき、参考図書では、実験や調査から得られるデータの解析の難しさを、具体例を挙げて説明しています。

良くご存じの、お茶の健康効果の話です。

お茶をよく飲む地域とあまり飲まない地域で、胃がんになる人の発生率を調べたら、お茶を多く飲む地域では、胃がんになる割合が少なかったそうです。

さらに、ある地域で、がんになった人とそうでない人を比較しながら、お茶をのむ割合を調査したところ、お茶を飲む割合はがんになった人の方が低かったそうです。

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このデータを見ると、お茶とがん予防には関係がありそうです。

しかし、ポイントは、理由は何一つ分かっていないという点です。

にもかかわらず、大学教授あたりが出てきて、お茶を飲む人は統計的にがんになりにくいなんて言おうものなら、お茶の抗がん作用が宣伝されて、大騒ぎになるでしょう(じっさいそう信じている人は今もいます)。

以上の調査から、お茶に抗がん作用があると考えるのは自然だからです。また、そういう統計があるという事実はその通りです。

しかし、がんになる割合とお茶を飲む割合、この二つのデータに相関関係があるのか否かというのはものすごく難しい判断です。どんなにデータをそろえて、絶対に相関関係があるはずだと思ったところで、原因がわからない限り偶然の可能性は否定できません。

ちなみに、参考図書によると、その後のより精密なコーホート分析という手法により、特定地域の人たちの生活を長期間追跡調査して、細かくお茶とがんの関係を調査していく研究によると(複数ある)、いずれも特別な関係はないという結論になるそうです(一つ例外があるが、それは逆にがん発生率が高いという結論とのこと)。

この話から私が強調したいことは以下の通りです。

人間の体の仕組みは全然わかっていませんし、何より、体内で何が起こるか追跡していくことはほぼ不可能です。

結局のところ、一定の集団を対象とした調査や実験を行い、統計的な結論付けをするしかないような研究が多いのですが、統計的な結論というのは原理に基づく結論ではないですから、その結論付けには注意が必要であるということです。

もちろん、この難癖を貫くと、何も言えないということになってしまいますが、だからと言って、無理やり何かを結論付けてよいということにはなりません。

原理に基づく検証がなされない限り偶然の可能性は否定できませんが、世の中には誰一人として同じ人間はいませんから、原理に基づく検証というのは不可能に近いものがあります。この点に由来する、サプリメントの効果の客観的な証明のむずかしさも意識しておく必要があると思います。

研究結果の統合


コエンザイムQ10のような抗酸化物質をはじめとして、研究報告がたくさんあるサプリメントというのはいくつかあります。

そして、当然ですが、全ての実験において、同じ結果になることはありません。効果が見られた人が多かったとする研究でも、具体的な割合はまちまちでしょう。

さらには、効果が観察されなかったなんていう研究結果も出てくると思います。

そこで、メタアナリシスということをするのですが、要するに、たくさんの研究結果自体を統計処理して、全体として有効か無効かを結論付けるわけです。

もちろん、これは統計学的には一つの結論にはなるのですが、統計学的に有効であると言えることが、そのサプリメントが有効であるか否かという一般人が求めている情報に値するのかどうかはなかなか難しいものです。

最大のポイントは、有効性を確認した研究結果が多数派で、統計的に有効であると結論付けられるとしても、有効性が確認できなかった少数の研究が間違いになるわけではありませんし、その理由はなにもわからないままであるという点です。

つまり、”有効であるというのが最近の研究成果である”という記述があったとしても、有効でなかった人になぜ効果がなかったのかが分かっているわけではありません。ましてや自分にとって有効であるか否かは、やってみなければわかりません。

そして、次節で説明する点にも非常に注意が必要です。そもそも、“効果がない”という報告がされるのかという点です。

研究の独立性


研究の独立性というのは難しいテーマですが、参考図書に非常に面白い話が載っています。ここではほんの一部を紹介します。

ある抗うつ剤の有効性に関する研究の話です(アメリカの話)。

多くの研究においては、研究費の補助を国から受けたりするので、役所には、その研究をしているグループの数は記録されています。

そして、ある抗うつ剤について、登録されている研究は74個ありました。それらの結果を全部集計すると効果ありと結論付けられるものが38個、効果なしと結論付けられるものが36個だったそうです。

しかし、効果なしと結論付けられる36個の研究のうち、論文として公表されていないものが22個あり、効果があるかのような報告をされているものが3個あったそうです(論文では効果ありと結論付けされているが、許認可当局の分析によると、とてもそうは結論付けられないもの)。つまり、効果ありは全部公表されているのに、効果なしは36個中11個しか正しく公表されていませんでした。

そして、全研究の対象となったトータルの患者数で考えると、効果があった人は57%ですが、公表されている研究結果だけに基づくと98%の患者に効果があったことになるそうです。

ここで、医者と製薬会社の癒着の話になり、薬の効果に関する研究としては、良くある話になります。

しかし、これがサプリメントになるとどうでしょうか。ここから先は完全に私の勘繰りです。

もちろん、サプリメーカーと研究者の癒着もあるでしょう。サプリメントの研究でサプリメーカーがお金を出しているものは数多くあります。

もうその時点で、報告には相当バイアスがかかっています。何とかして、嘘にならない程度の範囲内でスポンサーが利用できるような論文の書きぶりにしようと努力するものです。

さらに、抗うつ剤のように、医学的に患者数の多い病気の特効薬として注目されている物質ならいざ知らず、アフリカ産のなんとかという植物から抽出した物質を1日1gずつ摂取したところ、特に何の効果もなかった場合に、そんな研究誰がどこに報告するのかという問題がある気がします。

実験した以上その結果は公表されなくてはいけないなんていうルールはありませんし、論文誌としても、大して話題にもなっていない物質を投与した結果特に何も起こらなかったなんて研究報告を載せても意味があるとは思えません。

結局、公表されているのは、その物質を取り扱っているサプリメーカーの研究所が、書いて送ればなんでも載せるような3流論文誌に出した研究報告のみなんてことになったりするのではないでしょうか。

つまり、様々な研究結果を統計処理して一つの結論を導き出そうとしても、そもそも、なされた研究のすべてが公表されているわけではないという現実があります。

科学的結論と自分


打率4割くらいの全盛期のイチローがバッターボックスに入った時、その前の2打席で凡退している場合には、多くの人がこの打席は打つだろうと思いますが、結局は打つか打たないかで半々であると考える人もいます。しかし、統計学者に言わせるとそれらはいずれも間違いで、あくまでどの打席も打つ確率は4割であるということになります(確率論と統計学をごっちゃにしていますが)。

確かにそれは統計学的には正しいのでしょうが(しつこいですが確率論と統計学をごっちゃにしています)、統計学的に正しいだけで、実際に打つかどうかの予想に関しては、いずれも何の役にも立ちません。

サプリメントもそれと同じで、科学的根拠がいくらあったところで、自分という体を使った実験結果がない以上、自分に効くかどうかは、やってみなければわかりません。

効果があるのかないのかは、吸収度合、目的細胞や臓器に届く割合、代謝・排泄のスピードなどの個人の性質に依存する反面、そのような個人差を整理分析することは到底無理だからです。

あるサプリメントが有効か否かの科学的結論と、自分にとって有効か否かは全く別であるという点は覚えておく必要があります。

科学的には有効とは言えないサプリメントでも自分には効果がある可能性は否定されませんし、その逆もあり得ます。

プラシーボ効果


参考図書では、プラシーボ効果がきちんと説明されていて面白いので、ついでに簡単に紹介します。

プラシーボ効果とは、偽薬効果と言われるもので、要するに、“効果があると信じて摂取すると効果がある”というものです。

ここで、最大のポイントは、プラシーボ効果というのは、効果が出ていないのに効果があると言ってしまうとか、効果が出てないのに効果が出てるように思ってしまうとかではなくて、効果があると信じることで、脳が感覚を変化させ、効果が現実に現れるという点です。

実際に精神病の世界では、プラシーボ効果の影響は大きく、特効薬として鳴り物入りで登場する薬は、最初はものすごく効果があり、多くの患者さんがその薬で治るそうです。

しかし、時間の経過とともに様々な検証がされ、効かないんじゃないかという噂が立ち始めると途端に効かなくなるそうです。

そして、アメリカのFDAが抗うつ剤の調査をやり直したところ、効果があるのは30%で、50%には効果がなく、20%はプラシーボ効果であるという結論になったそうです。

精神病と異なる筋トレやダイエットの世界では、どのようなプラシーボ効果が考えられるのか難しいですが、扱えるウェイトが上がったとか、有酸素運動の後半で頑張れるようになったということはあり得そうです。

効果がないのに、効果があるように嘘をついているという話ではなく、実際に効果が出ていることがプラシーボ効果の本質ですから、実際に出ている効果がプラシーボ効果だとしても、プラシーボ効果も効果のうちであると言えます。

また、実際に効果が出ている以上、なんとなくでも理論的背景があるのであれば、それがプラシーボ効果かどうかを判定するのは困難です。

終わりに


今回は、かなり主観的なエッセーの感じですが、サプリメント科学の根底にある不確実さについて考えてみました。

サプリメントの有効性を科学的に証明することがそもそも可能かどうか私にはわかりませんが、雑誌に載っている最新の研究云々は、雑談のネタ位でしかなく、鵜呑みにするのはナンセンスと言えそうです。数年後に実は嘘だったという特集が組まれる可能性も高いからです。

結局、自分がこれは効くと思えばそれで良くて、効かないと思うのに摂取する必要はないとしか言えません。

また、ボディビルダーをはじめとする多くの実践者が実行していることが間違っているという主張があったとしたら、その主張の方が間違っている可能性は高いです。実践者の多くが馬鹿で、効果もないのに実践している方法がある分野など、トレーニングを含めありません(株のテクニカル分析など実践者と学者の議論は尽きませんが)。

科学ももちろん大事ですし、何でもかんでも疑えばいいわけではありませんが、自分が素人だからといって、権威に遠慮する必要はありません。最新の研究結果なるものがおかしいと思うのであれば、そんなわけないだろと言えばよいのです。偉い学者が言っているからというだけで受け入れるよりはよほど科学的な態度です。

プライベート空間でダイエット&ボディメイク
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