糖質制限ブレスト:論点整理


はじめに


今回は糖質制限についてです。もっとも、この記事は頭の整理的なものであり、何かを結論付ける記事ではありません。

最近ブログの更新が滞っており、それは糖質制限についての記事を書こうとしたら泥沼にはまってしまったからです。

全て考えつくしてから書くとすると壮大なプロジェクトになり、いつまでたっても記事が書けそうにないので、あくまでブログなのだからと甘えて、断片的な記事を増やしていきながら自分の頭を整理して、最後にまとめようという考えに落ち着きました。

これからたくさん糖質制限がらみの本も読んでいく予定なので、書評のような記事も載せていきたいと思っています。

とりあえず今回は、今後どういう視点で記事をまとめていくか、糖質制限を巡る論点整理ポイントを列挙してみたいと思います。

私と同じように、糖質制限の是非について考えると頭がこんがらがってしまう人にとって、少しでも役に立てば幸いです。

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糖質制限の定義


まず、筋トレやダイエットをしている人で、糖質を無制限に食べてよいと考えている人はいないでしょう。

時々、糖質制限の本を読むと、「脂肪が太るは嘘で、炭水化物が太る原因である」といったようなことが書いてありますが、今どき、「太る原因は脂肪だから、脂肪さえ食べなければ太らない」なんて考えている人もいないと思います。

また、カロリーコントロールという観点で考えても、たんぱく質は必要ですし、脂肪は減らそうにも一定以上はなかなか減らせないのが現実で、結局は炭水化物摂取量のコントロールがカロリーコントロールの肝になるはずです。

つまり、ボディメイクをしている人で、炭水化物量をコントロールしていない人(より正確にはコントロール不要と考えている人)はいないと言えます。

以上を考えると、議論の対象となる糖質制限とは、“炭水化物をゼロにするのが良い”もしくは“炭水化物は減らせば減らすだけ良い”との考えに基づく食事管理という定義でよいかなと思います。

糖質制限の“制限”を、“食べたいだけ食べるではなくコントロールすること”とすれば、議論自体がなくなってしまうと思います。

健康な人が対象


糖質制限の話になると、すでに糖尿病等の病気にかかっている人の食事療法としての有効性の話と、健康な人が成人病にならないために有効な方法であるという話と、ダイエット方法として有効であるという話の3つが、整理されずに解説されていることがあります。

既に病気になってしまった人への食事療法としての理論や糖尿病患者が糖質制限食を実践した結果クオリティオブライフが改善したという話は、完全に医学の世界の話であり、ど素人の私が評論や解説その他一切コメントする気はありませんから、この話は無視します。この話をほかの話と混同しないように気を付けたいと思います。

そして、メインは糖質制限のボディメイク手段としての有効性の話です。

もっとも、そもそも論として、炭水化物が人体にとって有害なものなのであれば、健康あってのボディメイクですから、この論点にもこのブログの中でしっかりと触れていきたいと思います。

主観的バイアス


糖質制限についてたくさん本が出ていますが、あまり読んだことないのでなんとなく知っている程度の知識しかないのですが、すでに私の中に一定の見解のようなものが出来つつあるので、それは書いておきます。

一言で言うと、運動不足の現代人が糖質を制限するだけで“健康”になれるのかという疑問です。もっというと、なれるはずがないという思いと、そこから発展して形成される、運動不足こそが諸悪の根源であるという考えです。

私のスタジオにも、運動不足の人が数多く訪れ、最初はびっくりするくらいウェイトが上がりませんが、定期的に通っている人はぐんぐん扱えるウェイトが上昇します。

それが筋肉の成長か神経系の成長かという議論はさておき、やはりスタート地点が運動不足過ぎるから成長の速度も速いのだと思います。ライフサイクルベースで考えた時に、昔の筋力に戻るという点で、最初のフェーズはトレーニングというよりリハビリに近いものなのだと思います。

そう考えた時に、体が鈍りきっていて、例えば控えめに言ってもバーベルスクワットで30kgくらい上がらない人(女性なら20kgくらい?)が、糖質を制限することで健康になるとは到底思えません。

なぜ、「運動しろ」ではなく「糖質を抜け」というのか、運動しないのは仕方がないと考えているのか、健康不健康を語るときに登場するデータに運動能力の差異は考慮されているのか、ちゃんと運動不足の点に触れているのか、現代人の運動不足に関する論者の態度はかなり注意深く見ていきたいと思います。

そして、この視点により、私の論者を見る目は相当バイアスがかかると思います。

運動不足に言及しないで、時系列的に糖尿病の患者数と糖質摂取量や割合といったグラフの相関性を見せられても、違いはそこだけではないのに、恣意的に都合の良い点だけ抜き出しているようにしか思えないからです。

肥満か運動不足か


糖質→太る→不健康といったステレオタイプな見方は当然のように語られたりします。

これは論点整理なので出典をいちいち示しませんが、BMIが高い方が長生きするというデータがあります。一定以上の年齢を母集団とすると、痩せている人の方が寿命が短いというデータもあったような気がします。

しかし、当たり前ですが、そこから、肥満の方が実は健康なのだといった安易な結論にはなりません。

実はこういったデータから近年注目されているのは、太っているかどうかが最重要ポイントなのではなくて、フィットネスが重要な指標なのではないかという点です。

太っているかどうかよりもフィットネスの方が健康に対する影響は大きく、定期的に運動をしていてフィットネスが高い人は、太っていようがいまいが長生きするのではないかと推測されます。また説得力もあります。

しかし、フィットネスというカタカナでぼかしたように、運動能力の指標というか、フィットネスなるものの良い指標がないのです。現代人は運動不足だという点に疑問はなく、一日に歩く量などを推測することはできても、具体的にどの指標を問題とすればよいのかはわかりません。

中年以上の人も多い社会人相手の健康診断で、100mダッシュ、ベンチプレス、1.5km走などをやらせるわけにはいきませんし、また、具体的に何をもってフィットネスが高いと言えるのか、ここに正解がありませんから、なかなかこの研究は難しそうです、

いずれにせよ、炭水化物が悪だという主張の中で、運動不足の点に言及せずに、体重が多い=不健康のようなステレオタイプの構図を持ち出しているものがあれば、しっかりとした議論になっているのかどうか、そこは注意深く見ていきたいと思います。

理論か実践法か


仮定の話をします。

友人が朝食と夕食を抜く過激な食事抜きダイエットを始めたとします。あなたは、それは健康によくないと指摘しましたが友人は聞き入れません。しかし、ダイエットの必要性はあなた自身も感じているところであり、友人とは違い、揚げ物等余分な脂肪を取るのを避けるとともに、ご飯を半分にするといった、バランスを考慮したカロリー制限のダイエットを始めました。

しかし、外食したときに、ご飯を半分残そうとしても、ついつい食べてしまったりして、ダイエットがうまくいきません。そうこうしているうちに、朝と夜は食べないと決めた友人は目標体重を達成しました。

何を言いたいかというと、ボディビルダーが減量期に行うような厳密なダイエットと、食事抜きダイエットのようなわかりやすい方法の実践性の差です。

ごちゃごちゃ言って挫折するくらいなら、分かりやすい方法でとっとと結果を出してしまったほうが早いというのはその通りです。毎日食べたものを記録してカロリーを計算する作業に挫折したことのない人はいないはずです。また、カロリー計算もどこまで正確にできるのか難しいものがあります。

この点、糖質制限食には圧倒的な実践しやすさという特徴があります。

糖質制限派の論者の中には、一生寿司とイタリアンとラーメン屋に行かなければ良いだけで簡単であるなどとむちゃくちゃな話をしている人もいますが、夕飯だけ主食抜き、夕飯と朝だけ主食抜き、3食とも主食抜きなどと、段階分けした非常にわかりやすい提案をしている人もいます。

そして、その明快性において優れた方法である点は認めない人はいないでしょう。

しかし、それはあくまで実践方法としての有効性であり、実践する上では欠かせない視点ですが、理論的な話をしている時に混入してきても困りますから、そこは、しっかりと切り離して考えていきたいと思います。

糖質が悪か取り過ぎが悪か


実践性という点に関わりますが、糖質の中毒性のような話を持ち出して、ついつい取り過ぎてしまうから良くない、なんていう話をする人もいます。

しかし、これも議論を混乱させる論理展開で、もともと悪でさらに中毒性があり摂取がやめられなくなるから大悪であるという話なのか、コントロールして摂取すれば悪ではないが取り過ぎると悪であり、取り過ぎに導く要素があるという脇道的な話なのかはしっかりと区別していきたいと思います。

食べ過ぎない限り悪ではないが、中毒性があってついつい取り過ぎてしまうから、最初から食べないと決めた方が良いなんて言うのは本質的にはただのお節介です。

許容性と必要性


理系出身としては、必要条件と十分条件という視点をどや顔で持ち出したいところですが、理系とはいえ専攻は有機化学で数学なんて受験以外でろくに使ったころありませんし、純粋すぎて日常生活では今一つ使い勝手の悪い道具でもあるので、法律家が良く使う視点である、必要性と許容性という視点を持ち出してみます。

糖新生といって、体にはブドウ糖が足りない時にはアミノ酸を分解してブドウ糖を作り出す仕組みがあります。

つまり、体にとってブドウ糖は必要ですが、炭水化物を摂取しなくてもたんぱく質(アミノ酸)さえあれば、ブドウ糖は作り出せます。

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この点をもって、必須脂肪酸や必須アミノ酸と異なり体内で作り出せるのだから、炭水化物は必須栄養素ではないという主張をすることもできます。もっとも、足りない場合には体を分解してまで作り出す重要な栄養素であるから、体の維持を前提とした時に、食物から摂取することが必要な栄養素であるということもできます。

その点からすれば、炭水化物が必須栄養素かどうかは“必須”の定義次第です。

そんなことより、大事なことは、この議論は何の結論も導かないという点です。

ブドウ糖を体内で作り出せるという糖新生の話は、糖質を制限しても生きていけるという許容性の議論であって、糖質制限の必要性とは一切関係ありません。

同様のことが、糖質制限絡みの本を読むと必ず登場する、農業や食生活の歴史を紐解くと、人類の歴史のほとんどにおいて人類は糖質制限食を食べていたという議論にも言えます。

人類はもともと糖質制限食で生きており、炭水化物を主食とし始めたのは歴史的に見ればつい最近であるという議論(事実?)も、糖質制限食で生きていけるという許容性にはなりそうですが、糖質制限食にしなければいけない必要性にはなりません。必要性を補足する証拠になるのではなどと考えてはだめで、何も言えません。昔の食生活に戻した方が良いかもしれませんし、そうでないかもしれません。

また、生物進化論の視点も注意が必要です。

誕生してから約700万年の長い歴史の中で人間の体は糖質制限食に最適化されており、農耕を始めてから日の浅い(約1万年)我々の体は、炭水化物を主食とする食生活に適応できておらず何らかの弊害があるという視点は、過去に目を向けているようで現在の話をしていますから、必要性の議論になり得ます。

もっとも、人間の体を、草食動物や肉食動物と比較して、肉食動物に近いと言った議論をしたとしても、そこから何かを言うのは厳しいでしょう。

現代人も炭水化物も現存しています。

我々が宇宙人で、人類消滅後の地球の地面を掘り起こしたところ、肉食動物の名残を持つ人類の遺骨と農耕を中心とする社会の遺跡が発掘されたのであれば、炭水化物を主食とする食生活に肉食動物の流れをくむ人類が適応できずに、この文明は滅びたのではないかと推測することはできるでしょうし、“考古学的な証明”は可能かもしれません。

しかし、現代人も炭水化物も現存している以上、現代人にとって炭水化物が有害なのであれば、その直接的な証拠を持ちだして議論すべきであり、現代人が肉食動物の流れを汲んでいることは、その直接的な証拠の原因を推測し補完する間接的な証拠を提供するのみです。

人間の体は肉食動物に近く、だから炭水化物を主食とする食生活には適合しきれていないというのは怪しい議論の気がします。まだ適応できていないという主張をするのであれば、なぜそう言えるのか、現代人の話をしているのですから、現在の根拠が必要です。

人類の歴史が700万年なのに農耕を始めてから全体の700分の1の1万年しかたっていないから、というのはただの推理です。適応できてないかもしれませんし、適応できているかもしれません。

カロリーか炭水化物か


カロリー制限か糖質制限かという視点は、実践方法の議論としてはありだと思います。

確かに、カロリーを目標とする方法は面倒で、かつ、正確な計算は事実上不可能です。その点、糖質制限というのは、主食(炭水化物)を食べなければ良いだけですから、明快で実行可能性は高いです。

しかし、だからと言って、炭水化物が“太る成分”で、カロリーは関係ないという主張はめちゃくちゃだと思います。

糖質制限派の中には、どうやら、糖質さえ食べなければ、どれだけたんぱく質や脂肪を摂取しても、体重は減ると豪語する強者がいるようです。つまり、カロリーとかいう指標自体がおかしいのだというわけです。

科学の世界では、長年正しいと考えられてきたことが、ひっくり返ることがあります。そして、それを聞きかじった人たちが、カロリー信仰は時代遅れだ、糖質こそが体重増減のカギとなることが最近明らかになったとか、既存の概念を疑ってかからなければならないなどと言っていたりします。

しかし残念ながら、どれだけ糖質を制限したところで、摂取カロリーが消費カロリーを超えれば体重は増えます。糖質さえ取らなければどれだけたんぱく質や脂肪を取らなくても体重が減るなんていうのはファンタジーです。

同じ摂取カロリーにおいて、糖質制限食の方が消費カロリーが高くなるから痩せやすいとかなら理解できますが(糖新生自体にエネルギーが必要になる等それらしい根拠がある)、カロリー収支と体重増減が関係ないというのだけは理解できない主張です。

この点、つまり、カロリーとは何ぞや、カロリー収支と体重増減に関係がないとすると何がおかしくなるのかという点はきっちり記事にしたいと思います(どこまでさかのぼればよいのか今のところ不明ですが)。

もっとも、人間の体には個人差があり、同じものを食べてもどれだけ吸収されて、どれだけ利用もしくは排泄されるかは人ごとに大きく異なります。ですから、摂取された食物の持つ化学エネルギーに着目するいわゆるカロリー計算は究極的には概算であり、厳密には摂取された食物の持つエネルギー量であって、体内に摂取されたエネルギー量ではありません。

しかし、それを受けて、“だから”という順接の接続詞でつないで、カロリーは体重変動とは関係ないと主張するのは間違っていると思います。少なくとも、糖質を制限すれば脂肪とたんぱく質はいくらでも取って良いという理由にはなりません。

ボディメイクと糖質制限


糖質制限のボディメイクへの有効性という点もしっかり記事にしたいと思います。

私のような筋トレ好きの人間にしろ、女性の場合は筋トレではキレイな体にはなれないというアンチ筋トレ派の人にしろ、目指しているのは男らしいカッコいい体や女性らしい締まったスリムな体です。

はっきり言って、体重という数字を落とすだけなら簡単です。そんなところで苦戦はしていません。

ダイエットに悩んでいると言っても、全員が全員、体重という数字が落ちなくて困っているわけではなく、食事制限だけで体重を落としてもカッコいい体やキレイな体にならないから試行錯誤しているのです。

しかし、糖質制限派の主張を聞いていると、短期間で体重が何キロ落ちた、どうだすごいだろというものが多かったりします。

確かに、体の見た目に興味がない人はいます。

この記事を読んでいる人にも多いと思いますが、ライザップのような糖質制限ダイエットをやっているジムのBefore Afterの広告を見た時に、良くここまで短期間でカッコよくなったな(遺伝的素質かな?)と感心してしまう人がいる一方で、体重は減ったのかもしれないがよくこんな貧弱な体を人前にさらせるなと不思議に思ってしまう人も多数出ていることを感じる場合も多いと思います。

ただ、その人たちの満面の笑みといったらなく、結局のところ、カッコいい体といったものに興味がなく、体重という数字さえ減ればそれで満足している人達も多いわけです。

いずれにせよ、私の考えるボディメイクとは、体重を落とすことではなく、鏡に映る自分が今よりもカッコよくキレイになることが目標ですから、その方法として糖質制限が有効なのかという視点も忘れないようにしたいと思います。

筋肉合成と糖質制限


ここは私の頭の中はカオスです。

まず、糖質制限でもたくさん食べてたんぱく質をしっかり摂取していれば筋肉が減るということは起きないでしょう。したがって、糖質制限は筋肉がどんどん分解していくから危険だという指摘は当たらないと思います。

いくら糖新生でたんぱく質が分解されると言っても、それを上回るたんぱく質を摂取していれば問題ないと思います(当然ですが、体重が減っていけば筋肉は減るでしょうが)。

しかし、減量期において筋肉を維持すると言った観点になると、議論は難しくなると考えています。

減量期の筋肉維持という観点からは、糖新生による筋肉の分解を抑えるために炭水化物を摂取した方がよいのでしょうか。それとも、分解される対象となるたんぱく質を補給しておけばそれで足りるのでしょうか。

良く分からないのは、筋肉の合成の仕組みというものを考えると、たんぱく質や脂肪が必要ではあっても、炭水化物が直接的には必要とはならなそうな反面、そう考えると、筋肉を増やしながら脂肪を減らすことが出来るのかという議論の答えはYESになってしまうからです。そして、これこそ、両立できると主張する人たちの論拠です。

ところが、体を大きくしたい人で出来る限り筋肉を増やしたいのであれば、十分な炭水化物を摂取しろというアドバイスは良くされますし、経験則としてこれに同意する人も多いでしょう。

ただ、具体的にその十分に摂取した炭水化物が、筋肉分解防止ではなくて筋肉合成にどういう働きをしているかは今一つよくわかりません。やはり筋グリコーゲンのレベルが筋合成に重要な影響を及ぼすのでしょうか。

それとも筋肥大と脂肪燃焼の両方にある程度妥協すれば、筋肉増加と脂肪減少の理論上の両立はできるというのが結論なのでしょうか。

あとは、その特異点にあたる炭水化物摂取量なり、糖質制限食におけるたんぱく質摂取量が分からないというだけなのでしょうか。

それとも現実的にそれを実行不可能とするのは、飛び道具ともいえる体内時計でしょうか。つまり、筋肉合成の速度や糖新生や脳の活動にも一日を通じてリズムがあり、トータルの量だけでは何も解決せず、体内時計のリズムに応じてタイムリーに栄養摂取量を調整すれば両立可能といった、ほぼ現実的には不可能な理論解が出てくるのでしょうか。

いずれにせよ、この点はまだまとまりそうにありません。

終わりに


今回は、糖質制限の本をこれからたくさん読んで、自分なりの意見をまとめておくにあたって、とりあえず意識していきたい点をまとめてみました。

最近、糖質制限に関する本を大量に買い込んだのですが、Amazonのレビューなどを見ると、糖質制限派とアンチ糖質制限派の場外バトルの様相を呈しています。それらを読んでみると、極端な意見ばっかりで、丁度良い奴はいないのかよと言いたくなります。

なんとか、その丁度良い人になってみたいと感じている次第です。
プライベート空間でダイエット&ボディメイク
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